第八十五話 船舶からの継承問題
遅くなりましたが、第三章スタートです。
この世界に転生して十年が経ち、ようやく領内から出る権利を得た。
新年を迎えた日が誕生日であることも幸いして、誕生日になるまで待つという無駄な時間を過ごすことなく、待ちに待った【霊王】様捜索の旅に出ることができている。
旅立ちまでに救出するための実力をつけ、親分やオークちゃんからも太鼓判を押してもらえた今、訓練の時間を朝と就寝前だけにしようと思う。
思えば追い求めた食はドロン関係のものばかりで、もう少し和食に近いものが食べたいと思う今日この頃。
というのも、船に乗って移動しているせいで磯の香りが否が応でも鼻に入ってくるからだ。
魚、魚介類、海藻。それらの加工品……。
うーん、食べたい!
まだ川イカしか食べてないからな。タコが好きだから、是非とも食べたい。
きっと我が家の食いしん坊たちも喜んでくれることだろう。そう思い、横にいる食いしん坊を見る。
「どんどん、どんぶらこっ♪ どんどんどんどん、どんぶらこっ♪」
さっきからずっと同じリズムを刻んでいるモフモフ天使は、数分おきに「まだ?」と聞いてくる。
船が王都のある大陸に着くのは明日の朝らしい。当然ラビくんも知っている。
では、何故「まだ?」と聞くのかというと、食事タイムはまだなのかということを聞いているわけだ。
本来なら二日かかるところを半分くらいに短縮できるのは、カーさんが贔屓にしている商会が【魔導船】を所有しているからである。
船の最後尾に、帆に風を当てる魔具を設置しているおかげで、風が弱くなっても変わらず進めるらしい。
前世にはなかった船を探検を兼ねて見学して回ったのだが、ラビくんは早々に飽きてしまったようだ。案内された高級な船室で寝そべってしまった。……おかしなリズムを刻みながら。
反対に、すごく興味を持った人物がいる。
その人物とは、我らが鬼畜天使である。
何故か興味を持ってしまい、商会長のおっちゃんに購入方法を聞くようにカーさんに指示していた。
おっちゃん曰く、大型帆船以上は総合職業組合の推薦を持って国に許可を取らなければいけないから簡単ではないらしい。
おっちゃん名義で購入するにしても、船ごとに抜き打ち検査を受けたり、管理書類などを定期的に出したりしなければならないらしい。
話を聞いた我が一行は、「面倒くさっ!」と同時に発していた。
何でそこまでしなければいけないのかと、カーさん経由でタマさんが聞く。
個人的にはそれが平民と王侯貴族の格差だと思うのだが、どうやら王侯貴族関係なく徹底して管理しているようだ。特に外洋に出られる中型船以上は。
まずは大前提として、この世界には【転移門】の技術がある。転移できる希少な職業の者もいるからだ。
ただ、基本的に緊急時や護衛に大量の兵を動員しなければならない王族の移動のみ使われる。兵士の大量動員とか、戦争と間違えるかもしれないからだ。
そこで他の大陸に行くためにはどうするかと言うと、海を渡るか空を飛ぶかである。
特に歴史的なこともあるが、聖獣王国は他の大陸と比べれば離れた位置にあるせいで流通では船に頼るところが大きい。
空を飛ぶのは現実的ではなく、竜でなくとも鳥型の従魔を持っているだけで囲い込まれるほどということは、よほどの馬鹿でないかぎり誰でも知っていることだ。
さて、商人だけでなく貴族にとっても船は重要な物であることが判明したわけだが、普通ならドンドン造って流通を活発にしようと思うだろう。
しかし、国王は権利をチラつかせる方を選んだようだ。特に魔導船の建造と購入はシビアな根回しが必要なんだとか。
そのせいでタマさんがブツブツ言い始めてしまった。おっちゃんには聞こえないかもしれないけど、俺たちの耳には怨嗟の言葉が延々と聞こえてくるんだ。
そろそろ救済措置のような情報を与えてくれたまえ。
「そういえば、こんな話をご存知ですか?」
おっ! 救済措置か!?
「どんな話だ?」
おっちゃんとの会話は全てカーさんに任せている。その方が話が進みやすいと踏んだからだ。
「王位継承問題が片づくかもという話です」
どうでもいい……。
タマさんもどうでもいいと思っているのか、怨嗟の言葉が一向に止む気配がない。
しかも片づくとか……言い方……。
「何か船と関係あるのか?」
「すごくあります」
「続けてくれ」
やっと止まった。狼兄弟の耳もピンと伸びた。
「王位継承問題は王子三人と期間限定で王女が参加していたのですけど、王女は何事もなければ神子と結婚します。国王が政略結婚させようとするでしょうし、神子に拒否権はありません」
「アレが結婚!?」
船室内には俺の声しか響いていないだろうが、タマさんももれなく絶叫している。
神子のヤバさを知っているのは俺とタマさんだけだろう。
「ご存知ですか?」
「まぁ……祈り方が斬新な方ですよね」
「えっ!?」「ほんと!?」「ガウ?」
タマさんが発した「両親は、アルテア様と炉神様ですよー!」という言葉に、カーさん、ラビくん、リムくんが驚きの声を上げる。
俺は尋問で実父と実母に会っているし、神子が独特な理論を持っていることを知っているから特に驚かなかった。
おっちゃんは違う意味で驚いているみたいだけどね。
「……どうかしました?」
「いや、祈り方に違いがあるのかと思ってな」
「両手を広げて日光浴をしているみたいだと聞きましたよ」
……確かに、そう見えなくはないか。
「すみません。続きをお願いします」
「はい。えーと、残りは王子三人だけになったのですが、第三王子は脱落しました。一番年下ではありましたが、一番優秀で期待されてた方が多いのですがね。残念です」
「何でだ?」
タマさんの言葉の衝撃から立ち直ったカーさんが、全員の疑問を代弁する。
「噂では毒を盛られて病床に伏してしまったそうです。しかも届けられるはずの薬は盗賊のせいで届かずじまいとか……」
……どこかで聞いたような話だな。
「せっかくのビッグチャンスを棒に振るとは……」
「ビッグチャンス?」
「えぇ。王子にはそれぞれ担当というか得意分野があり、その分野で功績を挙げて王位に就くというものだったのです。第一王子は軍事、第二王子は内政、第三王子は外交ですね」
「もしかして、勇者召喚ですか?」
思わず口に出てしまった。
三日間行われる新年祭の三日目に勇者が異世界より召喚されるらしいという話を、教会が積極的に広めている。
義援金や物資調達に聖武具製作準備のためだろう。
今日は初日だから、明後日にはクズ共が召喚されるわけだ。
「やはりご存知でしたか! 勇者召喚の会場には世界各国から王族が集まり、総合職業組合のグランドマスターなどの重要人物とも繋がりを持てる絶好の機会です。外交を担当している第三王子なら間違いなく派遣されていたことでしょう!」
「じゃあ代理は?」
「第二王子ですね。第一王子は獣人らしく武力に優れた方なんですが、直情的と言いますか本能に素直な方と言いますか……」
「端的に言えば馬鹿ということか」
おっちゃんが一生懸命オブラートに包もうとしたのに……。
それにしても、カーさんは心の底からどうでもいいのか、詳しく聞いてくれないところがもどかしい。……仕方ない。自分で聞くか。
「あの、それじゃあ第一王子が圧倒的に不利では?」
内政が得意ということは文官タイプでしょ? さすがに馬鹿っていうことはないだろうから、強くても頭が弱い第一王子は瞬殺ではないか?
「そこは父親である国王も理解して対策をしていますよ」
このおっちゃん、さっきからずっと敬称なしで呼んでるな。すでに国を捨てる気満々だからか?
度胸があるところもカーさんに気に入られるポイントなのかもしれない。
「王子たちにはそれぞれ補佐官がつけられています。それぞれ高位貴族の子どもですから、国内でも群を抜いて優秀な人間ですね。特に一番不利である第一王子の補佐官は素晴らしいですよ!」
まぁ馬鹿につけられるんだから当然と言えば当然かな。
それと補佐官は王子のためじゃなくて、高位貴族の人質作戦だろうよ。人質作戦は現国王の十八番らしいからね。
「船の管理問題の隙を突くために、『世界に旅行に行けるから外交がいい』と言う第一王子を説得して軍事の担当にして派閥も作りました」
子どもかっ!
「ここで船問題か」
「はい。補佐官がやりたかったのは海軍の増強です。大陸にも魔境があり、各貴族に対しての牽制もあって聖獣王国は陸軍が主体になっています。彼は海軍増強を名目に造船許可証を確保し、商船の護衛に海軍を使ったり、護衛船に商品を積んで商船にしたりしています。船というカード一つを使って外交も内政も行っているのです」
「確かにすごいが、船問題の解決は?」
「船に乗せてあげるんですよ。荷物と一緒に低価格で乗せるのです。護衛の訓練という名目を用意して海運業を行っているんですよ。第一王子の目的である旅行もできますから、本当に優秀です!」
あれ? 勢力図は大丈夫か? 第一王子の勝ちか?
「第一王子の補佐官は内政の最優秀者で外交も得意です。それゆえ武力一本気の第一王子につけられました。第二王子には外交の最優秀者をつけられました。武力に不安がありますが、二人とも魔術が得意な獣人らしいので異議はなかったそうです。第三王子の補佐官は親しみがあるでしょう」
……分かったかも。マジで詰んだな。本当にすまん。第三王子が不憫でならない。
第三王子の薬は補佐官の親類である神子に奪われ、補佐官本人は辺境伯領の謀反の責任を取って毒杯。王位継承問題の失点になり得るピュールロンヒ家の問題に完全に巻き込まれている。
「分かったんじゃないですか?」
「……ピュールロンヒ伯爵の長男ですか?」
「さすがです! 聖獣王国最強の戦士の孫という武力がついていますから、外交時の護衛に不安はありませんね! まぁ本格的な外交前に毒を盛られたわけですが……。それに第三王子本人が優秀ということもあって、本当の意味での補佐官は彼だけだったみたいですよ」
「ん? あれ? 第二王子は?」
カーさんも登場回数が少ない人物のことが気になったようだ。
「父親の国王にそっくりらしいですよ」
なるほど。性格が悪く猜疑心が強いと。毒を盛ったのは第二王子に決まりだな。
「結局、船問題はガス抜きに留めたってことか?」
「そうですね。第一王子の票集めと第一王子の個人所有の魔導船を兼ねた作戦らしいですよ」
「まぁ低価格で船が使えるなら個人所有に拘らないか」
「王家への不満が解消されたと評価されたそうです」
ここでタマさんが動く。
「――え? なんで? えーと……第一王子は召喚の会場に行くのか?」
耳元でボソボソ言っているせいで俺にはよく聞こえない。というか、聞かないようにしている。ラビくんたちも面倒事に巻き込まれないように耳を押さえている。
カーさんの動揺具合からも、相当厄介な面倒事だと分かってしまう。
「転移門には人数制限がありますので、行くのは国王と第二王子に神子の精神安定役として王女が行きます。第一王子は、毎年この時期は【一の島】で過ごしますよ。リゾート地ですから混まない冬のうちに行くみたいです」
よっしゃーーー!!!
と、キーンっとなりそうなほど喜ぶタマさん。
今までの話のどこに喜ぶ要素があったのか疑問だが、これだけは言っておかないと。
「船を強奪するのはやめましょう!」
「強奪!?」
おっちゃんが驚いているが、説明はカーさんに任せよう。ラビくんが話したときの説明もなんとかなったんだから、今回もなんとかできるはず。
「強奪なんかしないわよ」
と言うが、反射的に「「嘘くさーー!」」と、ラビくんとハモってしまったのは仕方がないと思う。
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