閑話 喧嘩からのヤキモチ
我が名は、【天空竜】デストルーク。
親しい者からは、天ちゃんとかルークと呼ばれている。
「――やっと見つけた」
長い年月をかけて捜していたというのに、まさか同じ大陸の反対側にいるとは思わなかったな。
しかも厄介なことに『ゼオレス』の庇護下にある人間の従魔とは……。あの狼は、いったい何を考えているのやら……。
人間に騙され力をなくしたというのに、まだ人間を信じるのか? それとも洗脳されているのか?
ふむ……一度見に行くべきか。
◇
迷子の狼がいる島が荒れていると聞き、様子を見に行く時期を待った。
そろそろ向かってもいいかと判断して向かおうとしたのだが、まるで見計らっていたかのようにゼオレスが現れた。
「久しいな、ゼオレス」
「……ルークか。今日はお前に会いに来たわけではない。だが、ついでだ。一つ言っておく。俺の縄張りをウロチョロするな。そしてさせるな」
「おいおい。お前は我が縄張りに入っているじゃないか」
「ん? 引きこもりすぎてボケたか? 俺はお前に会いに来たわけではないと言ったぞ? 先方からは許可をもらっている。お前に文句を言われる筋合いはない。……次、部下がチョロチョロしてるのを見たらステーキにしてくれる」
「分かった、分かった! 縄張りには侵入しない。徹底させよう!」
「あぁそうだ! 盟友が増えたんだった。そちらの領域に侵入したら同じくステーキだからな! ではな!」
……先手を打たれてしまったか。
それにしても誰に会いに来たんだ? 上位竜以下なら呼び出せるほどの実力者だ。
間違いなく古代竜で、ゼオレスが気を遣う相手と言えば……ティアかクレアしかいないだろう。女子会とかいうものに参加しているからな。
どちらか分からないが、どちらにしても覗くのは躊躇われる。
自他共に認める世界最強の我でも、古豪の魔獣と同格の竜を一度に相手するのは不可能である。
確実に転生コースだ。
そしておそらくだが、転生の途中でアルテア様の説教が追加されて、転生までの期間が長くなると思われる。
……うん。シリウスが無事ならいい。
そもそもシリウスの背中に乗ったことがある数少ない者でも、特に仲が良いゼオレスが近くにいて何かあるはずがない。
我とシリウスの喧嘩では常にシリウスの味方になって喧嘩するせいで、いつも我が酷い目にあっていた。
そういえば……天使族の英雄もシリウスの味方ばかりしていたな。
あまりにもムカついて『ペチャパイ天使』と言ったことがあったが……今思い出してもゾッとするほど怒り狂っていたっけ。
しかもティアとクレアにチクったせいで、危うく戦争になりかけたときは本当に焦った。
そのときくらいだよな。ゼオレスとシリウスが助けてくれたのは……。もっとあったか?
ふむ。懐かしい思い出だ。
いつもいつもシリウスが中心となって暴れたり喧嘩したりと、本当に毎日が楽しかった。
世界の抑止力でなければ、とっくに人間に報復をしていただろう。
ゼオレスが動かなかったことに心底怒り、心底失望した。その頃から交流もなくなり、以前よりもいがみ合うようになったかもしれない。
顔を合わせれば牽制の言葉を交わし、お互いを食材のように例える仲になった。
いつも三人だったのに、今はバラバラだ。
シリウスが見たら悲しむだろうか?
でもシリウスがいなければ、我らは仲直り一つできなくなってしまったのだ。
情けなく思うだろう。
呆れてしまうかもしれない。
世界最強が女々しいことを言うなと怒るかもしれない。
それでももう一度会って話せるなら、また昔みたいに過ごせるなら何を言われても構わない。
だから、早く帰って来てくれ。……頼む。
結局、我はゼオレスを妬んでいただけだったのだ。……情けない。
「眷属がステーキになる前に勧告を出さねばな……」
◇◇◇
「はぁ……。あんたたちいつまで喧嘩してるのよ」
「別に喧嘩してない」
「じゃあ酒盛りしようと誘ってきなさい! そしたら信じてあげるわ!」
「……酒はない」
「あら? あらら? 聞いてるわよ? 美味しいお酒を独り占めしたんですって?」
「独り占めしてない。オークの女王も誘われたから一人ではない」
「へ、屁理屈を……」
私の名前は、【大地竜】エンティア。
一部のお馬鹿さんを除いて、ティアと呼ばれているわ。まぁお馬鹿さんたちは、大ちゃんと呼ぶけどね。
男みたいでしょ?
何度もやめろって言うのに聞きやしない。だから、お馬鹿さんなのよ。……特にモフモフコンビ。
その一は兎みたいになった狼で、その二が目の前にいる熊さんなんだけどね。
「それで、わざわざルークの縄張りを通って来てまで何の用?」
「……俺の縄張りからの近道なんだから仕方がないだろ? アッシーくんに少しでも楽をしてもらおうとした配慮だ」
「鳥さんは遠回りの方がいいと言うと思うわよ?」
「うちの子分に気弱なヤツはいない。……だが、一応聞いておこう。どうなんだ!?」
そんな聞き方したら答えは一つでしょうが!?
「近道を指示してくださり、心より感謝しております!」
「そうだろう! ほら見ろ!」
「……不憫。まぁいいわ。用件を言いなさい」
「用件は、ここら辺に神金属は埋まってないかということが一つ。神金属と同格の素材がないかということが一つ。この二つの質問に答えてくれ」
「神金属? すぐそこにある迷宮の中よ」
「……それは知ってる。例の天使しか踏破できていない地獄の迷宮だろ? 迷宮以外でだ」
「……地獄って創った方に失礼でしょ?」
引きこもりだけど、一応神が創ったのよ?
「シリウスが言ってたんだ。地獄の迷宮は楽しむところではないって。シリウスの方が偉いから大丈夫だろ」
「何かあっても知らないからね。それで神金属についてだけど、神金属は霊峰級の魔境か大迷宮の深層でしか採掘できないわ。同格の素材ならあるにはあるけど、同格以上になるのは加工後で、加工者の力量や魔力量次第で変化するわよ」
「それでいい。魔力量については竜種に達しているし、これからも増えるんじゃないか」
「――はっ? なんて言ったのかしら?」
「これからも増えるんじゃないのかって言った」
「その前よっ!」
「竜種に達している」
「それよ!」
竜種に達しているってことは最低でも下位竜ってことよね? 熟練の魔術師にあげるってこと? そういえば女子会にいるわね。
「……女性への贈り物にしては華がないんじゃなくて?」
「女性……? おい、アイツは男だよな?」
「はい! 男です!」
あら? アッシーくんも男って証言しているってことは、アッシーくんも会ったことあるって事よね?
「その化け物級の魔力を持っている人物のことを教えてくれれば、私のとっておきを教えてあげる。どうかしら?」
「俺の一番新しい子分だ。五、六歳の人間の子どもで、シリウスと従魔契約を結んでいる。最近の若者の中では根性があって、見てて面白い子分だ。何か付け加えることがあるか?」
「えぇーと……美味しいものを作ってくれる新人ですね!」
「それがあったな! うちの料理長と生産担当者が弟子入りしたいと言っていた!」
このモフモフどもは何と言った……? 子どもと言ったか? 子どもが竜種と同量の魔力量を保持しているというのか……?
あれ……? 目眩がする……。
メモを手渡して今日はもう休もう。きっと幻聴だったのよ。疲れが溜まっているに違いない。
「詳しい内容を書いておいたから、読み終わったら燃やすのよ? まぁ普通は無理だから、結果が悪くても怒らないでよ」
「分かった! 次はお土産を持ってくるからな!」
手紙を受け取ったゼオレスは、本当に嬉しそうに笑っている。
家族やシリウス以外のことで喜ぶ姿は珍しく、驚きすぎてゼオレスの姿が完全に見えなくなるまで動けずにいた。
「あらやだ。ゼオレスにあんな表情をさせるなんて妬いちゃうわ」
◇
数年後、ゼオレスの島の方向から尋常じゃない魔力を感知した。
「あはははっ! 面白い! 面白いわ! 何この魔力!」
ゼオレスが気に入るのも無理ないわね。私も興味が湧いたわ。
「早速友達にアポを取らないとね!」
その後、数回開いた女子会に全て参加して情報を集めたところ、料理が上手でモフモフが大好きな男の子ということが分かった。
女子会のおやつが豪華になったことは高評価よね。困ったことがあったら助けてあげてもいいと伝言を頼んだけど、ゼオレスが潰しているらしいわ。
可愛い子分が盗られちゃうとでも思ってるのかしら? ふふふっ。
可愛いところあるじゃないとからかっていたところ、本当に手を出せなくさせられちゃったの。
まさか【天武】に入れて、家臣にしちゃうとは思わなかったわね。しかもアルテア様の公認だから、ステータスにも反映されているらしいのよ。
普通は魔獣から称号をもらっても加護じゃないからステータスには反映されないんだけど、大精霊様以上の承認があればその限りではない。
ステータスに表示されても加護ではないから、能力的な変化はないけど、気に入ったから眷属にするとか加護を与えるとかの勝手な真似は不可能になったわね。
私も勝手に加護を与えて仲良くしてもらおうとしてたから、今回の称号授与は本当に悔しい思いをしているわ。
悔しがる私の顔を見たゼオレスは満面の笑みを浮かべていたの。……ムカつく。
でも、昔みたいにワイワイできるようになったのは嬉しいことね。
ルークやクレアも意地を張らなければいいのにね。だって、シリウスが元気な理由はゼオレスの子分のおかげなんだから。
お読みいただき、ありがとうございます!
ブックマーク登録と評価もしていただき、本当に感謝しかないです!
あと一話くらい閑話を載せたあと、キャラ紹介を載せて次章になります。
引き続きお読みいただければ幸いです!