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閑話 後悔からの転職決意

 私は羊獣人のメリル。ピュールロンヒ辺境伯家に仕えるメイドの一人よ。今は嫡男で伯爵のイグニス様が領地を治めてらっしゃるけど、本来は辺境伯という侯爵と同格の家柄なのよ。


 平民出身の私が仕えることができたことは奇跡に近いと思うわ。でも王都にいる現当主様が是非にと言ってくださり、辺境伯家に仕える栄誉を得たのよ。私の自慢で誇りだったわ。


 領地の島に渡り神子を見た直後、私は騙されたんだと思った。私が領都である町で初めて神子に会ったときは職業授与の儀式の直前だったんだけど、「勇者よりすごい職業をもらうんだ。神子だから当然だろ!」みたいなことを邸で毎日言っていたときは、気が触れたのかと思って先輩に半泣きで相談に行ったくらいだ。


 そんな私を見た先輩は大爆笑していたけど。


 そして神子が職業をもらえなかったせいで、田舎の村に引っ越すハメになった。しかも、すぐ近くにある湖の反対側に住んでいるエルフと密通してできちゃった子の専属になってしまったのだ。


 それもこれも神子が職業をもらえず、当たり散らしたりわめき散らしたりしたせいだ。つまり本当に気が触れてしまったのだ。このときにはさすがに先輩も笑っていられなかったらしく、神子の目につかないように逃げ回っていた。


 しかし、私にとってはハーフエルフの子との出会いは転機と言っても良かった。


 自分の子どももまだなのに子育てしなきゃいけないのかと憂鬱だったのだが、不思議なほど手がかからない子どもだったのだ。一度放置したら床に汚物をぶちまけられ大爆笑されたけど、それ以来は私の言葉が分かっていると思えるほど大人しかった。


 サボりの口実にちょうど良かったこともあって、ちょくちょくサボりに行かせてもらったのは言うまでもない。神子からの隠れ家としても優秀だったというのもある。


 まぁ乳母役の先輩はブチ切れていたけどね。アイツの食事が面倒で一日一回くらいしか母乳をあげないから、先輩が終わりって言っても無視して限界まで吸い続けたせいで、乳首が変形したって使用人の休憩所でキレていたのを今でも覚えている。女性しかいないからって乳首を見せていたから忘れようがない。


 リア充を自慢していた先輩だから「ざまぁ! よくやった!」と思いながら、笑いを必死に堪えていた。


 ちなみに先輩には言えなかったけど、旦那が裏で乳首のことで悩んでいるみたいなことを言っていたから、男性陣からはある意味注目の的だったんだよね。本人はモテ期かしら? ってのんきなことを言ってたけど。


 意外にもアイツとの生活は充実していた。超高級食材で、私の給料数カ月分の価値があるドロンの果実を食べられたのは本当に嬉しかった。それも生よ。高位貴族以上の口にしか入らない生のドロンの果実を好きなだけどうぞと言われたときは、辺境伯様への忠誠が揺らいだ。


 ドロンの干し果実というおやつがあったからキチガイの神子兄妹の近くにいられたのに、アイツの追放が決まったとき私の中の何かが弾けた気がした。


 私ごと火魔術を放った主人なんてごめんよ!


 あのとき私と一緒に避けるので精一杯みたいなことを言っていたけど、きっとアイツが弾いてくれたんだと思ったら自分でも分からないけど涙が出そうだった。さらにイグニス様と交渉して王都行きにしてくれたおかげで、神子から逃げ回る生活をしなくて済んだ。


 まだ五歳児なのに、どうして? と思ったのは一度や二度じゃない。あの母親に放置されているせいかと思って納得してきたけど、孤児院育ちの友達でもあそこまでじゃなかったはず。


 今の私は前以上にアイツのことを考えている。思えば助けてもらってばかりで、私は何かできただろうか。もっと何かできたのではなかったかと思わない日はない。


「メリル、王都行きの支度はできた?」


「もちろんでございます、イブお嬢様」


 神子の妹に今もついているのが不満だ。仕事に不満はつきものだが、殺されかけた相手と同じ空間にいるとかありえない。ドロンの干し果実も尽き、ストレスが溜まる一方だ。


「お兄様も一緒にいければよかったんですけどね。残念だわ……。あなたもそう思うでしょ?」


 思わねぇよ!


「仕方ありませんわ。神子として世界を救うため鍛練をしなければいけませんもの」


「お兄様はすでに最強ですわよ?」


 どこがよ! スライムも倒せないわ!


「……準備しすぎることはありませんわ。神子様の命に関わることですから」


 職業ももらってないくせに最強なわけないでしょうがっ! 歴代の【勇者】が職業を得ても封印止まりなんだから、職業なしのヒョロヒョロ色欲魔が魔王に勝てるわけない! ワンパンでチリになるのがオチよ! バァァァカ!


「……そうですわね。お兄様が死んでしまったら悲しいわ」


 まったく。


 あの色欲魔に泣かされた女性は数知れず、悪い貴族の典型とも言える。爵位も持ってない貴族の子弟でしかない神子が、現在も殺されてないのは神子だから。それ以上の価値は今のところないわ。


 それにしても、あのクソ神子のわがままぶりにも困ったものだわ。神子と離して洗脳を解こうとしているのに、本人がついてきたら意味ないでしょう。


 まぁ気持ちは分かる。


 多分残るのはアイツだけだから。イグニス様は手続きや御前会議のために王都に行き、王族の指南役である三男様も休暇が終わるからと王都に戻る。


 神子の母である女神様(笑)は、神子妹の付き添いと父親の伯爵に会いに行くらしい。第一夫人は神子が嫌いだから残ることはない。王都に商売の種でも探しに行くことだろう。


 第三夫人親子も前科持ちだから連れて行くはずだ。残して置いたらまた密通するかもしれないからということと、神子が第三夫人を狙っている節があるかららしい。


 主だった使用人も連れていくようで、残る者は旅が辛い高齢の使用人だけらしい。さすがの色欲魔も熟女超えには手を出さないだろうとのことだ。


 当たり前だけど、神子はごねまくった。


 連れて行けコールを毎日続けられたイグニス様はついにキレて、神子に達成困難な課題を出すことで諦めさせた。


 未だに戻ってこないアイツに課せられた未踏破領域の調査だ。それもアイツと同じ条件でと言われ、挑戦することなく諦めたらしい。誰も信じてないけど。絶対に荷物に紛れ込んだりするはずだから、当日はイグニス様自ら監視するらしい。


 本人はまだそのことを知らないから、毎日楽しく過ごしているようだ。


 神子の機嫌の良さは王都に行けるからだけではない。種族特性により《棒術》スキルを習得できたらしく、「私の時代が来たーー!」と喜んでいるのだ。


 それならもっと早くやれよ! と思ったのは私だけではないはず。アイツは一歳くらいからやってたわよ。


 というか辺境伯家の兵士の基礎である《棒術》を習得しただけで神子の時代が来たら、「兵士の時代も来たーー!」ってなるわよ。バカじゃないの?


「そういえばメリルが前についていた平民って死んだの?」


「……私は存じ上げません」


「そう……。お兄様が気にしてらしたから。平民にも優しいなんてお兄様は素晴らしいわ!」


 私も平民だよ! 無神経か!


「第三夫人ならご存知かもしれませんよ」


「どうして? 母親と言っても何もしてなかったじゃない」


「第三夫人の実家は諜報を担当する家臣の筆頭ですから、生死の確認くらいはしているんじゃないかと」


「それならもう聞いた!」


 ノックくらいしろや! いくら家族と言っても、淑女の部屋に勝手に入ってくるとか頭おかしいのか? あっ! おかしかったわ!


 このことは後で日誌に書こう。


 神子関連報告日誌という名の悪口ノートだ。使用人のためにイグニス様が用意してくださったという認識だったが、多分違う。イグニス様も書き込んでいたからね。


「お兄様、どうでした?」


「放った追撃部隊は帰って来ていないそうだ。まとめて魔物にやられたと判断したが、第三夫人の家は追加要員を出すそうだ」


「きっとお兄様の判断が正しいですわ。無駄な人員を出して損耗させることはないはずなのに……」


「そうだろうとも」


 バカか? この状況なら追加要員を出すでしょ。第三夫人の家はアイツを殺すことで汚名をそそごうとしているのに、生死すら判明していないのは最悪の状況でしょうよ。多少の損耗で死んだ証拠を見つけられるならと、考えても不思議ではないわ。


 神子の下で戦働きはしたくないな。無駄死にしそう。


「それからイブと大事な話をするから席を外してくれないか?」


「かしこまりました」


 私も一緒にいなくていいならいたくないわよ。目つきがいやらしいし、《棒術》を習得したくせにヒョロヒョロなところは変わらないから、スケルトンを相手にしているみたいで不気味なのよね。


 それにどうせ王都行きの作戦でも立てているんでしょ? 私が荷物の確認したんだから間違いないと言うつもりでしょうが、神子には常に監視の人員がつけられているから内緒話はできないのよ。


 バカのことは放って置いて、最後にアイツが暮らしていた小屋を見ておこうかしら。ドロンの干し果実があるかもしれないしね。


 ◇


 翌朝、王都に行くからと荷物が馬車に次々と運び込まれていく。もちろん、私も神子妹の荷物を馬車に詰め込んでいる。使用人の手が止まることなく作業できているのは、イグニス様が神子の襟首を掴んでくれているおかげだ。


 監視の者が神子妹の荷物に紛れ込もうとしていると報告したため、イグニス様が早めに起きて準備を終え、神子を寝巻き姿で拘束することにしたらしい。


 準備もさせてもらえず、襟首を掴まれては何もできず、苦虫をかみつぶしたような顔で俯いている。


 今こそあの言葉を使うべきだろう。ざまぁ!


 そして寝巻き姿の神子を置いて王都へ出発する。領都までは馬車で、そのあとは船で海を進んで、また馬車の旅だ。


 長い長い旅は考える時間がたくさんあり、王都に着く頃には心が決まっていた。私は辺境伯家のメイドをやめる。


 アイツを探しに行く。


 ドロンの干し果実も欲しいけど、もう後悔はしたくない。


 まずはイグニス様に相談した。イグニス様はあの場にいたから、仕事で知り得たことを他言しないという神殿契約をしてくれれば退職金も出すと言ってくれた。しかし問題は辺境伯様だ。私の雇用主は辺境伯様で、イグニス様ではない。


 国王の護衛をしている辺境伯様に会うことは難しく時間がかかったが、イグニス様と三男様が話を通してくれたおかげで無事に退職できた。お金は【総合職業組合】の口座に預けて置いた。退職金が意外なほど高額で不安になったからだ。


「さぁ! 待ってなさいよー! 私のドロン!」



お読みいただきありがとうございます!

ブックマーク登録と評価もしてくださり、とても嬉しく思っています。

次章もすでに書き始めており、徐々にストックが増えています。今後も絶やさないように努力していきたいと思います!

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