第九十一話 実食からの獣医師業
網焼きのために大きめの竃を造り、金属魔術で迷宮産の鉄を使って網を作ってセットする。
鯨の肉も塩を振って、串に刺して食べてみることにしよう。
厚切りにすると固くなるから薄めに切る下処理は、唐揚げと変わりないから楽ではある。
数を用意した後は、唐揚げが多いために用意した唐揚げセットを用意する。タレを揉み込んで放置して油を用意していく。
この辺まで来ると、おやつタイムを終えた食いしん坊兄弟が近づいてくる。
もちろん、お手伝いに来るわけではない。味見という名のつまみ食いである。
当初、作ったそばから食べられ、椀子そば状態だったのだ。しかも、提供側が追いつかないという状態である。
その対策として、下処理だけ済まして一度に大量に調理するという方法を取った。
結果、恨めしそうに睨む食いしん坊兄弟とエンカウントすることになった。
しかし、これで諦める兄弟ではない。
つきまといが始まったのだ。そして、「一個だけ!」という味見のうちに収まる個数で注文をしてきた。
この一個の認識の違いでかなり苦しめられることになる。彼らの言う一個は「一体」という意味だった。
――屁理屈をッ!
と論争が起きたのだが、勝敗は言わなくても分かるだろう。彼らには勝利の女神なる存在がいて、必殺技もあるのだから。
「せっかく来てくれたところ申し訳ないが、完成したから味見はないよ」
「お……遅かったか……!」
「ガウゥゥ……!」
彼らは味見を遊びの一つとして楽しんでいるらしく、今日は俺の勝利である。
「じゃあ食べようか! 警備はゴーレムにさせるよ!」
カーさんに声を掛け、同時にゴーレムを数体配置する。
「おっ! 楽しみだ! ――そういえば……タマさんは?」
「音信不通だから、お供えだけしておく。また神子関係の仕事かもしれないしね」
「じゃあしょうがないな」
食いしん坊兄弟はふうちゃんたちにご飯の時間だと伝えに走り、網焼き台の周りに集まって食事を始めた。
光魔術の熟練度が上昇すれば、生食ができるようになるかもしれない。
生肉はともかく、刺身は食べたいと思っている。個人的にはお米よりも海産物の方を必要としているからだ。
前世の実家が海の近くだったことが影響しているのかもしれないな。
お米については、餅米でお餅を作りたいと思っている。
理由は、ラビくんたちに食べさせて反応が見たいからだ。きっと可愛いだろう。
うん! シーサーペントを安く譲って、ローワンさんに情報をもらおう。
大きい商会なら何か知っているかもしれない。知らなくても商人の情報をできる範囲で集めてくれればいい。
巨大な蛇もはけて情報も入る。一石二鳥だ。
というか、さっきから沈黙が続いているのは何故だ? ラビくんたちは食べているはずなのに。
もしかして……マズいのか?
「美味しくないの?」
「んぁ? なんて? モグモグ……ちょっと……モグモグ……忙しいんだけど……モグモグ」
リムくんはチラッと見た以外は無視。
小さい口にパンパンになるまで唐揚げを放り込んでいるネーさんとふうちゃんが、二人してカーさんを見る。
カーさんも自分が言うのかと察して、次の鯨串を自分の皿に載せてから一言だけ言った。
「超美味い」
そしてラビくんの魔の手が迫った鯨串を死守し、再び食べ始めてしまった。
ラビくんは「忙しい」と言ったあとは、ひたすら口を動かしている。
珍しいことに山盛りになっている鯨串の皿から数本取っては焼き網に載せ、焼いている間に自分とリムくんの皿に竜田揚げなどを取り分けて食べる。
鯨串が焼けたら、リムくんと自分の皿に載せて食べるという行動を繰り返している。
何が珍しいかというと、自分で焼くということとドロン酒を飲んでいないということだ。
俺が用意した魔力水は飲むけど、ドロン酒は出すこともなく食べ続けている。
まるで蟹でも食べているかのごとく無言だ。
思ったよりも鯨串の方が人気で、あっという間に山盛りの鯨串がなくなった。
「おかわり!」
「同じくらい?」
「モグモグ……」
コクリと頷いて返事を拒否。それほど美味しいらしいけど、俺の分も残しておいて欲しい……。
まだ一口も食べれていないのだ。
使用済みの鉄串を回収し、洗浄した後に鯨串を量産していく。
唐揚げは俺とロッくんたちの分を確保して、魚介類の網焼きは今ある分だけにした。鯨の方が量が多いから多めに出しても大丈夫だが、魚介類は少量しかないから取っておくことにする。
幸いなことに、我が家の食いしん坊兄弟は肉好きだ。一心不乱に肉串を喰らっているから文句はでまい。
二皿目は運搬部隊のためにも多めに盛った。
ふうちゃん曰く、もうすぐ到着するから用意していて欲しいと要請が来たそうだ。
連続で準備をしたら俺が食べれない。ゆえに、一度の準備で多めに用意する必要があったのだ。
「ラビくん、この数十本はお供え用だから食べちゃダメだよ!」
「……分かってる……。モグモグ……」
鯨串に釘付けになっている視線が不安で注意したが、怪しい返事が返ってきた上に視線が外れない。
というか、あの体の消化速度が異常だ。
ふうちゃんやネーさんはすでに満腹状態だというのに、一向に緩まることがないラビくんの咀嚼速度。
排泄器官がないラビくんたちは、消化したもの魔力に変換圧縮して体内に溜めておくという。
本来なら限界に達しているはずの量を食べても平然としていられるのは、ラビくんの消化速度が尋常ではない証左だろう。
「ラビくんはどうなったら満腹になるの?」
「モグモグ……アゴが……モグモグ……疲れたら……モグモグ……」
……強靱なアゴを持っているのかな? さすが狼だ。
「でも……モグモグ……ドロン酒飲むと……モグモグ……回復するから……ゴクンッ! ずっと食べ続けられるんだ! 今のところ本気喰いはしてないよ!」
……本気喰いが恐ろしい。
いつになったら鯨なくなるかなって心配していたけど、案外あっという間になくなりそうだ。
「あっ! 来たみたいだよ!」
この頃になって、ようやく食事の速度が落ち着き、俺も食事にありつけるようになった。
鯨串は臭みはなく、薄めに切ったからか思ったよりも全然柔らかく、噛む度に肉汁が口いっぱいに広がる。
唐揚げも柔らかく、ニンニク醤油もどきが染みこんで咀嚼が止まらない。
「おーい! 来たよーー!」
食事が中断されたため若干恨めしく思うも、お願いを聞いてもらったお礼におもてなしをしなければとも思う。
「こっちに並べてあるから!」
ロッくんたち用に大きめの竃を設置して、食事が済んだカーさんに焼き番をしてもらう。
ふうちゃんのお兄ちゃんと言って紹介された『せんちゃん』は、俺たちの竃で食べてもらうことにする。
兄妹一緒の方が安心するだろうし、竃の大きさ的にも食べやすかろう。
「オイラも食べていいの?」
「いいに決まってるじゃん! 何でダメなの?」
ほとんど食事を終えたラビくんがせんちゃんをもてなすようで、次々に串焼きを焼いていく。
ラビくんたちはほとんど食べなかったけど、野菜の串焼きもあり、そちらも一緒に焼いていた。ふうちゃんが美味しそうに食べていたことから、野菜が好きかもしれないと判断したのだろう。
「……太ってるから、痩せる必要があるって言われてるから」
「それって、病気でしょ? あとでアークに治してもらえばいいんだよ! それにしてもふうちゃんたちの世話役を担当している【天武】はクソだね! ウチに来てもいいんだよ!?」
話を聞いていると、【天武】になると世話役を担当しなければいけないみたいだ。
そういえば、ジャガーくんも虎の兄貴がどうたらこうたらって言ってたな。
「「――え?」」
「ラビくん、【天武】だったの?」
ふうちゃんがラビくんの耳の先から足の先までを、何度もなめ回すように見ながら、ラビくんに事実確認をしている。
「違うよ」
「……だよね。はぁーービックリした……」
「アークが【天武】なんだな!」
「「えぇぇぇぇぇぇーーー!!!」」
ラビくん以上に信じられないのか、椅子から立ち上がって絶叫している。
「どうしたんだ?」
騒ぎを聞きつけたロッくんが駆けつけてきた。俺の【天武】入りに驚いただけって説明すると、「あぁ……」と言って戻っていった。
親分はなんてことない感じだったけど、まだまだ納得していない者が多くいるという。
ロッくんがどう思っているか分からないが、言葉を濁すくらいには何かがあったのだろうことがうかがえる。
「ねっ! 今は拠点が決まってないけど、ぼくたちのところにおいでよ! それまでは女子会の管理下にしてもらうように頼んであげるからさ!」
「そんなッ! 畏れ多いよ!」
「でも、姫ちゃんは友達欲しいって言ってたから喜ぶと思うな! それに事情を知ったら、ぶーちゃんの奥さん……ブチ切れるだろうなぁ! 親がいない古参の【天武】を育ててきたのに、もらった愛情を他に分け与えられない者はクズだって言いそう! 怒り狂っても、ぼくたちはいないからいいんだけどね!」
ニヤリと笑みを浮かべているラビくんを、唖然とした表情で見ているロッくんと目が合った。
彼は何か怖いことでも想像しているのか、顔面蒼白になっている。
俺たちがいない間に内戦でも起こるのだろうか。
それほどまでに親分の奥さんは怖いのだろうか。
厳しいママだったのだろうか。
ロッくんの表情だけでいろいろな疑問が湧いてきたが、多分会うことはないだろうから気にしないようにしよう。
怖い熊さんは親分だけで十分だ。
結局、ふうちゃんとせんちゃんは答えが出ず、ラビくんが手紙をしたためるだけに留めた。
あとの判断は親分に任せることにしたらしい。
さすがに親分の指示なら、畏れ多いとか関係なしに転籍できるだろうとなった。
そして俺は今、食事を終えたせんちゃんの病気を治すために診察をしているところだ。
モフモフの病気や怪我を治せる獣医になるために、医術や薬術スキルを習熟してきたのだ。夢が叶った最初の治療は成功で終わらせてみせる。
「それでは始めます!」
「はい! メス!」
「はい――いや! それ、俺が言うヤツ! しかも、まだいらないよ!」
緊張気味のせんちゃんを和ますために言ったのだろうが、ラビくんが持っているメスのせいで、さらに緊張してしまった。
これは早く終わらせて安心させてあげなきゃ!
――《探知眼》
本来の用途は医療用の魔眼で、体内の異常箇所などを見つけることができ、原因となった過去視も見ることができる。
反対に何も見えなければ、先天性疾患であることが確定する。
「ふむ……」
「アーク先生……! どうです!?」
「うーん……」
「早く言ってよ!」
焦らされたのが嫌なのか、左頬にパンチして急かしてきた。
「魔力暴走が原因で、魔力タンクみたいなのが正常に機能しなくて圧縮できないみたい。常に飽和状態みたいな感じ。圧縮するか魔術や魔法を使えばいいんだけど、やりすぎると今度は魔力枯渇で衰弱しちゃうと思うんだ」
「それで!」
「魔力タンクや魔力暴走が原因の内傷を治したあと、魔力圧縮をすればいいんだけど……魔力操作や制御が甘いと再発するよね……難しい」
「ぼくのときみたいにはできない?」
「できる。でも時間がかかるから徹夜移動になる」
「なんで?」
「早朝までに船に追いついていないと、俺たちが船に乗ってないのがバレる。どこに行って何をしてたのがバレるのはマズい。組合に登録するまでは目立たない方がいいんだよ」
「徹夜でもいいよ! だから助けてあげて!」
「もちろん! でも一つお願いがあるんだ。治療後に十五分だけ寝かせて! 気絶訓練したいんだ!」
「……その病気は治らないのかな?」
ジト目を向けてくるラビくんに、俺の最強の手札をぶつけ有耶無耶にする。
「不治の病だから……無理なんだよ。【霊王】様を見つけたら治るかも!」
「そ、そうかな~?」
――勝った!
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