彼は婚約破棄された令嬢の自殺を「今日も」止められない。
「さよなら、現世!叶うなら来世は平民に産まれたいわ…!!」
薄緑色の髪の青い瞳、『傾国の美女』とされた美貌の、その人。
ひゅっ、軽やかに飛び降りた齢16歳の少女──…否、彼女の名は
「待ってくれ…エキドナ──ッ!!」
「待たないわ、さようなら。この浮気塵屑下半身猿男!」
「ご──ッ!?」
エキドナ・ハーレクイーン公爵令嬢。
それが、今──公爵邸(王都にある邸宅の)の天を穿つほどの高い高~い塔の上から飛び降り自殺している美少女の名前だ。
ヒューーッ♪♪
ドシャァ──ッ!!
少女の自殺は止められない、止まらない。
止めようとした少年は金髪碧眼の美しい王子様(笑)。
エキドナに『塵屑下半身猿男』呼ばわりされていた次期王太子候補の一人で…エキドナの婚約者である。
…地面のシミになってしまった惨状に…
「ァ、ぁあ~~!?また…まただ…ッ!!俺は…エキドナの自殺を止められなかった…!」
──一人、尖塔の屋上で膝を付く第1王子…エルリック・シュハンインメッカーは沈痛そうな、悲哀と苦渋に塗れた表情を浮かべた。
「何が…何が──原因なんだ!?俺は…俺達は婚約者同士だろう…?なあ、エキドナ……」
公爵邸の地面に赤いシミを絶賛地上で展開しているだろうその尖塔の下は屋外の訓練所へと続く通路…べしゃり、と潰れた遺体は…無惨にもうつ伏せで潰れており、顔も胸もぐちゃぐちゃであろう。
「…俺が…ちょっと浮気をしただけだろう?そのくらい貴族なら当たり前だろ。…何が原因なんだ…?本当に分からない…」
エルリック第1王子は本気で分からないと言った顔で未だ屋上の上から地べたに座り込んでしまったまま動かないのだ。
『この塵屑下半身猿男!』…とエキドナが生きていれば大声で叫んでいただろう。
この第1王子──本当に分からないのだ、エキドナの気持ちが。
…10年も婚約関係、続けていたくせに。
確かにそう言った側面もあるだろう。
貴族や王族の婚約・婚姻とは尊き血を残す必要があるし、国内外の関係強化や領地の利害一致等様々な事柄で家同士の思惑で当主が最終的には決定する。
ハーレクイーン公爵家は現王の妹が嫁いだ家…エキドナの両親は従兄弟同士だ。
「ああ、またループする…!!!」
──そして、“世界”は流転する──
『──許さないッ!!』
血を這う少女の怨嗟の声が、嘆きが悲哀が…金髪の少年の耳朶に媚びり付いて、離れない…。
『私を…馬鹿にしやがって……ッ!!!』
瞼の裏の婚約者の顔は…いつからかそんな怨み辛みの憎悪に彩られていた。
彼女の“怒り”が分からない。
私と彼女は産まれた時から知り合いだった──らしい。
私も彼女も知らない、知る筈のない記憶。
…母と叔母(エキドナの母)が仲が良く、良く城の私室に母子同伴で出入りを許可していた。
…私の頭を彼女──、エキドナがよく笑いながら蹴っていた…と。
知らされた15歳の春。──どうしろと?
『公衆の面前で婚約破棄!馬鹿なの!?ああ、浮気塵屑下半身猿男はスカポンタンのオタンコナ~スでしたわね!下半身に脳に必要な栄養全部行ってるもの!仕方ないわね~!(笑)』
小馬鹿にしたような、蔑んだブルーメノウの瞳が冷たく光る。
…ッ、そうは言うが──エキドナは天才であった。私は秀才…ちょっとでも気を抜けば天才に置いていかれる…来る日も来る日も勉強勉強鍛練勉強勉強マナー講座ダンスレッスン…。それに加えて兄弟合同の帝王学、世界史、地理──何故か毎回いた…エキドナ。
講師から抜き打ちで行われる小テスト…全て満点だったのは──エキドナと、第3王子。
自分(私)より優秀な婚約者、私より有能な第3王子……私は、私は…ッ!!
「…ふぅ~ん?そこが元第1王子様(笑)の原点なのね…なるほど。」
薄緑色の髪に碧玉の瞳。齢16歳にして宮廷魔導師となった才女。
エキドナ・ハーレクイーン公爵令嬢。家名に“女王” が入っている、公爵家。
通算15回目…、いや、16回目の巻き戻しが始まると…
「…ああ、また…また、だ…!!俺は…また無意味なあの時間の朝へと戻る……もう、もう…沢山だ…ッッ!!」
…ふむ。
ガラスの膜のような、透明な結界の中、“何やら”喚く第1王子様に冷めた目を向け、エキドナは傍らの年下だが、思慮深く…天才に着いていけた唯一、第3王子…齢14歳の年下の少年王子。第1王子と同母な弟は今エキドナの“新たな”婚約者だ。
「こうなった」時点で婚約関係を続けるのも難しく、また…6年通う予定の王立学院で庶子上がりの男爵令嬢と偶然エルリックは校門前で出会い、“運命感じちゃった”エルリックが…男爵令嬢に言われるまま、誘われるままに状態異常無効の王家の護符を外し、言われるままに怪しげな商人に会い、売却した…。
(王城、取り分け王族は子々孫々に至るまでその時代で比較的良心的で比較的善良で“真っ当な”商売をする「専属」のみを定期的に出入りを許可している)
…因みに後日影が動いて買い戻し、費用は第1王子の公費から賄われた。(知らされた王は激怒してエルリックを貴人用の牢屋に入れ3日閉じ込めた飯抜きの上、側仕えも護衛もいない所で一人過ごす)
「…内容、少しだけ変えようかしら?」
「…エキドナ、何考えているの?僕には一人呻いているようにしか見えないのだけれど」
「……あら?シリウスは初めてかしら。この世紀の芸術作品(笑)を見るのは。」
「いや、だって…ここ、さぁ……」
「王城の玄関ホールじゃない?いつもここ通るでしょ、シリウス。」
兄のエルリックは金髪碧眼だが、弟のシリウスは赤褐色の肩までの長髪を首の後ろで縛っている、年下にも関わらず兄と変わらない173㎝の身長、細身の体躯にしっかりと筋肉がついた身体、立ち姿。知性を秘めたエメラルドグリーンの垂れ目の美少年は隣国のスカイラーク帝国の特徴がバッチリと出た色彩をしている。
…そんなシリウスが苦笑するのも無理はない。
『何やらお前の婚約者、面白いコトしているぞ』とシリウスが親友で護衛の幼馴染み、王国騎士団長の三男と四男に言われたのはつい昨日──つまり、事ここに至っては初めて知った事態にどう反応しろと言うのか?
「知ってて、黙ってたわね、絶対。」
「……。(ギロッ!!)」
「~~♪♪」
「~~♪♪」
双子騎士は揃いも揃って下手くそな鼻歌を歌って誤魔化そうとしている。
オレンジ色の短髪に金色の瞳が双子の兄の方、ルークとオレンジ色の短髪に銀色の瞳の童顔、女顔とよく言われる美少年の弟がラークの二人。
この二人が得意な魔法は幻惑魔法──…あるものを「なかったこと」に魅せる魔法。
属性での区分は闇属性。双子の適性はそれぞれ「幻覚」(兄)と「幻聴」(弟)だ。
幻覚はそのまま五感で感じる全ての感覚を消したり付け足したりする。
幻聴は聴かせたい音を聴かせ、聴かせたくない音を指定の相手に任意で聴こえないように出来る。
お気楽な悪戯好きの双子騎士──信じられる?この双子、僕の護衛なんだ…。
剣の腕も魔法の腕も僕より強い…その双子をたった一人で伸す僕の婚約者──エキドナも大概ではあるのだけれど。
「魔法で隠され、尚且つ聴こえないようにされてたんでしょう?」
「…毎度毎度思うけれど、普通主の護符を越えた威力の魔法を何の躊躇いもなく使うかなぁ~?ねぇ、二人とも?」
「シリウスが怖い~(棒)」
「シリウスが細かい~♪」
棒読みなのがルークで楽しそうな笑顔で音符を飛ばしているのがラークだ。
「貴方達…楽しそうね」
「毎日が楽しくって仕方ないね」
「特にこのオブジェ」
「『とある間抜けの懺悔』生きた芸術作品としてこの上なく滑稽で」
「愉快で」
「間抜けで」
「斬新で」
「「仕方ない♪♪」」
交互に台詞を継ぎ足していく双子は…本当に異口同音で羨ましい。…僕は兄上(同母の兄と言う意味では)、エルリック兄上ともっと仲良くしたかったから。
もう無理と思っていても心のどこかでは「兄」を求めていた。
「兄上…残念です、もうお姿を見れなくなるなんて…」
「999回繰り返したらこの“展示物”は撤去されるわ。婚約者として況してや仮にもほんの一時でも婚約者だった私としても…シリウス様のお気持ちが伝わらなかったのは真に残念ですわ。」
赤裸々(・・・)に写し出されていく第1王子の心証風景…。
繰り返される茶番劇と断罪までの流れをダイジェスト版で展開される中、心配そうなエキドナの眼差しがシリウスを気遣うように向けられる。
──王城の玄関ホール、展示物扱いの結界魔法陣の上に「閉じ込められた」第1王子のエルリック…彼は王城の私物を故意に紛失・売買した遺失物横領罪の罪と、身分の低い(男爵令嬢)令嬢を城の私室や無許可の中庭や温室の占拠、また温室の植物園の器物破損…ああ、温室に咲いてある薬草や薔薇の花を勝手に摘み取って持ち帰ろうとしたんだよ。
…信じられる?正気を疑うよねっ!王城の、温室を近所の河川敷だと思っているのか…って。
壁に写し出される卒業記念パーティーでの「あらまし」。
結界前のポップには『とある間抜けの懺悔』の題名、その隣には初めは999だったカウントがきっかり16回分減っている値が示されていた。
「あと983回か…となると残り3ヶ月か。」
「しかし…この魔法を使っての芸術作品はなかなか…」
「斬新、ですなあ…!」
「おまけにこちらの声は届かんがあちらの声は聴こえる。…素晴らしい魔力操作だ…!」
「御教授願いたい…!!」
「右に同じく!」
使った『魔法』は終わりなき悪夢と言う闇属性の魔法、悪夢の上位互換。対象を悪夢へと誘う魔法…その上位互換ともなる『終わりなき悪夢』は期限を設定出来、内容や対象に対する受け答え可能であったりまた匂いや肌感覚──例えば、今エルリック王子が昼食の為の悪夢…指定された“卒業記念パーティー”の朝から始まる「悪夢」から…昼の、立食パーティーの一幕でエルリック王子が侍女が「運んできた」食事を食べている。
指定された回数悪夢を見続けなければ終わらない──いや、そもそも「これ」は罰の一つなのだ。
皆の一生に一度しかない卒業記念パーティーを、私事で潰した、浮気塵屑下半身猿男の。エキドナからの。
…因みに食事が取れるように結界内にはテーブルと椅子、ちょっと歩けばベッドもあるし、ハンガーラックもあったりする。
(トイレや風呂は不要、と言うかあくまでも『悪夢』なのでどちらも必要ない──結界内と結界外の時間はズレているので…)
「さあ、行きましょ。シリウス様。」
「うん、僕らもご飯食べないとね」
縦30m×横50m×高さ2mの四角の結界…そこが「今の」エルリック王子様(笑)の生活スペースだ。
…身の回りの世話は彼の専属の侍女やらメイドが整えてくれるので王子としては見苦しくはならないように配慮されているので悪しからず。
見学者の彼等をチラリ、と一瞥してエキドナはパートナー…婚約者のシリウスのエスコートで食堂へと消えていく。
見学に来るのは暇な貴族──じゃない、魔法省の変態──ばかりなのか、そうなのか?
まあ、どうでもいい…。
「楽しみね、シリウス」
「うん、今日はエキドナの好物、だものね」
本日の王族用食堂の献立…、『トマトソースオムライス』『デスグラスソースハンバーグ』『ミートソーススパゲッティー』『真イカのマリネ』『具沢山のコンソメスープ』『夏野菜のサラダ』『バターロールパン』『ブリオッシュ』
これらどれもエキドナの好物である。
これら、何れも各5回ずつは“お代わり”する。
その為、ドレスはいつも締め付けのない、身体のラインも出にくいデザインのドレスだ。
子供舌、と言う事なかれ。エキドナは子供が好きなものなら大概は好物だし、勿論大人が好むような小洒落た料理も好みだ。…と言うか昆虫食以外なら比較的好き嫌いもない。
「そうよ!だから、ウエストはゴムの“なんちゃって”ドレスにしたのよ♡」
「なんちゃって…って…。アウラさんが嘆くよ?」
“アウラ”──エキドナの乳母であり、今は末妹の侍女に着いている。
「いいのよ、もう…アウラは私の事、諦めたから☆」
…ねっ!とウインクされても。……。…かわいい、けど。
シリウスは苦笑した。
2歳しか違わないエキドナおねちゃんは僕の「憧れ」の女性だったから。
兄上と結婚するものと思って…諦めていた…んだけど。
──あんな貧乳で“かわいい”「だけ」の誰とでも寝る女──ああ、“男爵令嬢”の事だよ?──は、はっきり言って常識も身分も関係なく見目の良い男なら大抵寝ていた。
僕にも粉掛けて来たけれど…正直タイプじゃない。
胤をばら蒔くのも趣味じゃない、と言うか……軒並み高位貴族の息子や王族約1名って…。
正直学生なら勉強しなよ?と思っていた。
…それぞれに「婚約者」が居たのに──羽目、外し過ぎじゃない?
騒動後は大人しく実家に引き取られたのと、廃嫡の憂き目に遇ったのと、勘当されたのと、家を追い出されたのと、ドキッ☆男だらけの辺境軍へとドナドナされたのが居たけれど…今頃は……ピーーッだろう。
辺境伯爵が治める領地の“辺境軍”──そこは“男の園”だ。
団員は誰かしらの団員ないし、辺境伯爵の邸の従僕や執事と恋人又は婚姻関係にある。辺境伯爵の領地限定だが──同性の婚姻が認められている北の辺境地。ガクブルッ!!
「ほら、着いたわ!コニー!!」
「ハイハイ、出来てますから。」
筋骨隆々の身長3mは越えている大男の、酒場のマスターに居そうなムキムキバッキバキの灰のツンツン髪に琥珀色の瞳の40歳前半の男…巨人族のコニーはこの王城の料理長を勤めている。
彼が採用されてからは厨房に彼専用の作業スペースが設けられる等の厚待遇、高配慮された。
王城の、限られた空間…「王族専用エリア」の食堂、その厨房の全権を認められたコニーは間違いなく実力者であろう。
その巨躯から繰り出される繊細な包丁捌き、非常に繊細で丁寧な味付け・盛り付け…巨人族だからと言って雑になることもなく…そりゃ、使う道具は全て巨人族用の巨大なものだが、彼が粗雑に扱った事は一度もない。
才能を見出だされ、異種族では初の巨人族を城へと…先代を勤めていた料理長、ジェフの下に送って「料理」の道にエキドナおねちゃんが放り込んだのは今から10年も前のこと。…6歳の公爵家の“お姫様”が一体何処で?巨人族と知り合いに……??
“エキドナおねちゃん”は不思議な人だ。
度々このように良く分からない人脈や伝手があるし、この前は魔瘴の森(危険度SS級迷宮)の中復に森のコテージを建てた隠者(面倒を嫌って引き籠っている賢者の総称)と王城の四阿の隅で長閑にお茶を呑んでいた…。
「魔王の娘、魔界の姫──ヒルデガルド=リンデ・ウィザーリアとは帝国の主要都市、ヴァルハラナイツで開かれる4年に一度の“天下一武道会”の個人の部・ソロ勝ち抜き戦で幾度も幾度も火花をぶつけていた……いや、ほんと。嘘じゃない。記録も残っているし、ソロの部の大会優勝と準優勝を4年毎に交互に奪い合って居たから。
「ん~~っ♪♪美味しい~~っっ!!」
「左様ですか。良かった…お嬢さんに連れて来て貰ってから自分のような軟弱者ではお嬢さんの役には立たないのではないか、と当時は悩んでおりました。」
「コニーの料理はとても美味しいわよ!…それに、コニーが気配りの出来る殿方であると私、思っていてよ…ッ!!」
「お嬢さん…そう言って、下さるのは…お嬢さんだけです。…巨人族の男は勇猛果敢で豪快な人柄が尊ばれる…俺は、私は…お嬢さんに連れて来て頂けて、とても幸せです。ありがとう。お嬢さん」
柔らかく垂れ目がちの琥珀色の瞳の目元を緩めて微笑む身体のサイズ以外人間と相違ない彼等…彼、コニーのような考え方は少数派で…「なぜ?」とか「どうして?」とかはエキドナには通用しない。気付いたら異種族の友人知人親友を量産する…僕はいつも後追いが聞かされるその「土産話」が殊更好きだったし、これからは隣で歩いて生きたい。そう思う。
…全身から信頼と親愛を向けるこの料理長と同じように。エキドナを慕う者は多く、男女共にたらし込む「婚約者」に僕は時折やきもきするけれど──」
「…その話、まだ続くの!?」
…昼食後。僕は一人地下の牢に繋がれた「男爵令嬢」の元に足を向けていた。
「?「まだ続く」けど?僕がどれだけエキドナ姉上を愛していてどれだけエキドナ姉上を恋慕する有象無象から遠ざけるの苦心しているか──元男爵令嬢にはまだまだ聞いて欲しいのだけど。」
…地下は籠っているので微かにアンモニアの臭いがする…一応換気扇も通気孔もあるのだが。地面から天井までは5m。円を描くように監視塔と収容所がある。戦犯や政治犯が入れられる区画は一つの檻は四畳半一間、奥に行けば行くほど凶悪犯や国逆が入れられる五畳の檻に収容された「男爵令嬢」──ナンナ。
「…うっさいわね!!それよりもいつ、解放、してくれるのかしら!?私は早く“愛しの旦那様”の下に帰りたいのだけど!!」
「…『男爵令嬢・ナンナ』は獄中で毒杯を煽って死んだ──代わりにただの平民・ナンナは長年の想い人である──」
「ストップ!ちょっと何バラしてんの!?」
カダカダッ!ドサドサッ、ドンッ!ゴロゴロ……シーーンッ。
…立て付けが悪いのだろう、きっと。
「……依頼した身としては何も言えないけど。請ける方も請ける方、よね?」
僕付きの影が何やら頭か腰かを強かに打った……と言うか、影として、動揺しすぎではないか?…まあ、いいけどさ。
「…明日の朝、ここへと僕の影を向かわせるよ」
「…っ!よっしゃぁぁあああ~~~っ!!!」
「ーーッ!~~~ッッ!!………。」
…あーあー、僕の影が動揺してる、動揺してる。オロオロした気配が辺りに漂っている…本当、なんで影で居られるのか。
「仕事は」生真面目なのに…事恋愛に関してはヘタレすぎるほどにヘタレすぎる僕の影──アシュ「名前は私以外が口にしないで!!アシュレイ様は私の旦那様なのよ!?」
「~~~ッッ!!?」
「……レイ、気配漏れてる。ナンナ嬢にもバレてるから…もう、お前今日はここまで良いから。ナンナ嬢の側にいろ、命令だ」
「──はっ」
“はっ”じゃねぇよ。漏れてんだよ、気配。ピンクの。恋愛特有のラブラブオーラが。
「──ナンナ嬢…その、わ、私…あ、いや…俺……ッ!」
「アシュレイ様♡…大丈夫ですわ。貴方のナンナは…ここにいますから。ちゃんと聞くわ。…だから。落ち着いて?」
ジトリ、と睨め付けてもまったく堪えていない、影の男と影の女──ああ、男爵令嬢“ナンナ”はちゃんと実在する人物で、年齢は16歳。エキドナ姉上と同い年の彼女は公爵家の影の一人であった。
ナンナ・ビスタ男爵令嬢──ビスタ男爵の庶子。産まれも育ちも下町産まれの下町育ち。今回公爵令嬢に同行する形で男爵家へと迎えられたのが王立学院の入学が始まる7年前だ。
僅か1年にそれなりの男爵令嬢としての体裁は保ったナンナに僕は影のレイを通して円満に兄上との婚約の解消をして欲しかった。それか、兄上の口から「婚約破棄」を口にしてほしい。切実に。…僕はエキドナ姉上をとてもとても好きだ。愛している。
──だから。僕は「ナンナ」に持ち掛けた。
『兄上の周り、篭絡してしてくれない?』
…提案したのは僕が10歳の時だ。エキドナは12歳。兄上もナンナも12歳。
「契約書」も交わした“ちゃんとした”依頼。僕と公爵家の影ナンナとの〝契約〟。
僕のメリットはエキドナとの結婚。侍女のメリットはレイとの婚姻&専業主婦への鞍替え。
…デメリットは暫くの間エキドナ姉上に醜聞が付くくらいか。「婚約破棄された」令嬢として。
…ナンナのデメリットは影の職に支障を来す…、くらいだろうか?まあ、“専業主婦”になるのならあまり関係はない話ではあるが。
レイは変わらず僕の影を勤める。──仕事「は」出来る男だから。
…因みに“男爵令嬢ナンナ・ビスタ”は複数の男と寝た──あれ、“性戯”の講習の時、講師を勤めていたのがアシュレイ・ハノワ──僕の影を勤める男、三十路の「レイ」が初の講習の時から意識していた…らしい。
三十路のおっさんが純情とか──…なに、それ?キモイ。
兄上や兄上の側近と寝た後は毎回“お慰み××××”していた…言うな!他人の性事情なんて聞きたくもないわ!!
「…幸せにな、ナンナ嬢。」
「ええ。殿下も。」
……………………。
…………。




