その少女、黒歴史製造中につき取扱注意!47
今日の文化祭の準備は、主に接客班と調理班で役割が分かれた。
接客をするクラスメイトには、浮雲からキャラクターの設定ノートが配られた。なんと全て浮雲が書いたもので、一冊一冊けっこうな文量がある。綿密に掘り下げられたキャラクターで、特徴的なのは男女二人一組のペアがキャラごとに組まれていることだ。
『キャラクターに物語がなければただの記号よ。過去があって当然。そして男女の関係は必須よ必須』とは日ノ下が浮雲にノートについて聞いたら返ってきた回答だった。キャラクターと物語に対するこだわりをひしひしと感じた。
接客班は与えられたキャラクターを演じる練習をする。まずは各自で練習して、そのキャラクターになりきれたと思ったら浮雲が進行具合をテストをする。
まだ仕事が少ない調理班のクラスメイトは、その間、教室の飾りを作るのだが、接客班が演じる姿を茶化しては笑っていた。文化祭の準備らしい微笑ましい空気が教室に満ちる。
しばらくして――浮雲検定を受けに卯月がやってきた。
「あたしの演技力にかかれば余裕よ!」
彼女は自信満々で浮雲の前で演技兼接客を始める。
テストは客が来店したシチュエーションで行われる。その客役を日ノ下は受け持った。一度廊下に出た日ノ下は、客として教室の入り口をくぐる。
「いらっしゃいませ!」
愛想抜群の笑顔で卯月は日ノ下を出迎える。それから席への案内。今日はテーブル代わりにいつも通りの勉強机を使っている。注文を取った後の軽食の提供、会計までフリだけなのだが彼女はそつなくこなした。
「あー、そういえばお前の家、喫茶店を経営してるんだよな」
「イエス!」
これなら合格だろうと日ノ下は思った。さすが親が経営する喫茶店の手伝いをしているだけある。
けれど、浮雲は腕を組んでいた。無表情であるが、結果が芳しくないというのはなんとなく伝わってくる。
「普通の接客としてはいい」
「でしょでしょ!?」
「けど、もっと男子に媚びる感じで」
「う、浮雲ちゃん。あたしはこれでも十分こびてるつもりなんだけど」
「もっと。特に謝るとき」
「どうすれば!? あたし今でもけっこう恥ずかしいんだけど!?」
浮雲の無表情で無慈悲な要求に対して卯月は半ば涙目になっている。
自分で考えろと言わんばかりに浮雲がむっつり口を閉じた。言葉が上手く出てこないだけだろうが。
仕方ないので日ノ下が浮雲の唇から言葉を読み取って詳しいオーダーを伝える。
『涙目のまま両手を胸にあてながら上目遣いで、お許しくださいお客様』
「涙目のまま両手を胸にあてながら上目遣いで、お許しくださいお客様。って言えだってさ」
ってなんだこれ!?
修正しようと思ったが遅かった。
「変態ッッ!」
卯月のかかとが正確に日ノ下の親指部分を踏みつける。「んぐっ!?」と変な声を上げてうずくまってしまった。タンスを小指にぶつけた未満、バスケットボールで突き指したとき以上の痛みだ。
「ほ、本当なんだって! な、なぁ浮雲!?」
「本当」
こくりと浮雲が頷いてもなお卯月は蟻を見るような目で日ノ下を見てきた。
『設定的に串刺し候である八雲に仕える兎の妖怪メイドで、気弱な性格だから謝るときは涙目が正しいわ。オペレーション自体は完璧だけれど、キャラクターになり切れてないわね。理解を深めるためにもっと彼女にまつわる物語を読み込んでほしいわ』
浮雲はコスプレをする一人一人のキャラクターを掘り下げて作っている。ユニークなのが男女をひとまとめにして、各々が関連あるヒーローヒロインという立ち位置にしてある。その二人が本番で助け合いながら接客をする。トラブルが起きた時も、ヘルプに行くのは主にペアになった人だ。
よくできたキャラクターを提供してくれるのはありがたいのだが……、日ノ下は一つ気になっていた。浮雲の妄想を書き綴ったキャラ設定ノートが黒歴史になるのか、楽しかった思い出の品になるのか、だ。現状どちらとも言えないので、後者になるように日ノ下は全力を尽くさなければならない。
「ミソギにそんなことをする日が来ようとは……えぇい! お許しくださいお客様」
「なんか気持ち悪いな」
「どっせーい!」
しつように足の親指を狙ってくる卯月の攻撃を今度は回避する。
「合格」
『日ノ下は昔から知ってるから拒絶反応を起こしているだけだわ。大抵の男はこれでイチコロね』
「大抵の男はイチコロだとよ」
「え!? 本当!? シロを攻略してくる!」
友達と浮雲に与えられたキャラクターの練習をしている八雲の方に卯月は飛んでいく。残念ながら十秒後には戻ってきた。
「うえ~ん、笑われた……。あたしが変なお客に絡まれたとき助けてくれるのかなぁ……」
「白は頼りになるやつだからその時は助けてくれるだろ」
「だよね! うん! あたしが惚れた男だもんね!」
立ち直りが早くて結構だ。