その少女、黒歴史製造中につき取扱注意!3
くるりと振り返り、浮雲は図書館の方につかつかと歩き出す。
……確かに不愛想だ。と、日ノ下は苦笑いしながら後を追った。
テスト期間でも受験シーズンでもないこの時期は、放課後の図書室はガラガラだ。当番の図書委員と数人の本好きしかいない。開いた窓から入ってきた心地よい春風がカーテンを揺らす。棚に並ぶ本にとっても過ごしやすい季節だろう。
わざわざ隅っこの方にある春風すら届かないジメジメしていそうな場所を選んで浮雲はイスに座った。日ノ下は机を挟んで浮雲の真正面に位置取る。
「何の用だ? と、聞いておこうか」
『やっぱり心は読めないような振る舞いをするのね』
サイドポニーテールをいじる浮雲は、やはり表情に乏しかったが不満げだった。
本当に心が読めるはずのない日ノ下にとって、その設定は都合がいいのであえて否定も肯定もしなかった。
「質問をする」
「僕の昨日の言葉、覚えてないのか?」
「日ノ下は……私を消したりしない」
「なんで言い切れるんだ」
人一人を証拠残さず消しさる力なんて日ノ下は持ち合わせていないのだが、取り繕うために問う。
「昨日考えた結果」
なにを考えたのか気になったが、日ノ下はあえて唇を見なかった。
なんとなく顧みたくない<過去>が関わっている気がしたからだ。
「だから、質問」
「あぁ、わかったよ……」
諦めた日ノ下はため息をつく。
「その前に、日ノ下……起きてる?」
「起きてるわ! 悪かったな眠そうで」
「無視しないでね」
「しないわ」
「では質問。心、どう読む?」
「企業秘密だ」
「この学校に他の観察者はいる?」
「観察者っていうのは?」
マナー違反であるが、質問を質問で返す。
「人間を観察している存在」
「なるほど。僕もその観察者だと」
浮雲が頷く。
ありがちな妄想に囚われているわけだ。<他の人間が実は全員宇宙人で自分を観察しているんだ>みたいな、誰もが一度は心の隅に思い描いたことのある妄想。何十億と人間がいるのだから、そのうちの一人がその妄想を本気で信じてしまっても不思議ではないだろう。
「他にいるかについても、ノーコメント」
「身長は?」
「百七十三センチ。なんの面白味もない数字だよ」
「体重は?」
「六十キロ。親父に重し代わりに使われてる」
「心、どう読む?」
「どうでもいい質問の中に本命ぶち込む作戦か」
「だめ?」
「だめだ」
「他に質問は?」
「スリーサイズは?」
「知るか!」
「家族構成は?」
「父親母親妹の四人家族」
「本拠地は?」
「本拠地は自宅だな」
この後も浮雲のどうでもいい質問の中に本命の質問を混ぜて日ノ下が口を滑らせるのを待つ作戦は続いたが――観察者なんて知る由もない日ノ下には意味のない作戦だった。
しばらく質疑応答をしていると、浮雲は満足したようだった。
「情報大量ゲット」
浮雲は小さくガッツポーズした。
……もしかして本命以外の質問にも意味があったのではなかろうか。悪用されて困る類の情報はほとんどないし、観察者の質問に関してはまったくと言っていいほど答えていない。
ほとんど何も教えてないも同然なのに、浮雲は律儀に頭を下げてから図書室を出ていった。
その純粋さに少し罪悪感を覚えてしまう。
「心が読めるって嘘はまずかったか?」
一人残された日ノ下はぽつりとつぶやくが、当然反応する人はいない。