その少女、黒歴史製造中につき取扱注意!14
しかもよくよく見れば、天津の手は荷渡の体を空港でボディチェックするよりも綿密になで回している。表情こそ取り繕っているのか普通だが、興奮した荒い鼻息も聞こえる。
「変態だな」
「はい、もう敬語亡くなったー。ボクの勝ちー」
「しまった……」
別にエロ漫画家であったことで敬意が払えなくなったのではない。天津の行動に敬意メーターを全て持っていかれたのだ。
「天津ちゃんを見ているとね、敬意とかどうでもよくなるんだよ。天津ちゃんに敬意を払うくらいなら、地球環境のために頑張るバクテリアに敬意を払う方が有意義だね」
荷渡の体をまさぐる天津の表情は徐々に恍惚な物にシフトしているし、手つきはいやらしい。確かに、いくら先輩と言えど敬意を払えない。
触れられている荷渡は抵抗しないのだろうか。同性に触られるのは気にしないのかもしれない――と思ったが、ニマニマの笑みが消えて真顔になっているので、内心はおだやかではないようだ。
「日ノ下くんが敬意をなくしたとこで、本題に入ろう。今日はどうしたの?」
「はっ、荷渡さんの可愛さに脳を犯されて忘れていました。緊急事態なんですよ!」
その程度で忘れるって本当に緊急事態なのか? と日ノ下は思ったが突っ込まなかった。
「昨日の夜の出来事です。私の部屋にはいろいろなゲーム、フィギュア、ファングッズがあるんですが、それがお母さんに没収されてしまったんです! 理不尽の極みですよ!」
「……たぶんそれは娘が受験期に差し掛かりつつあるのに遊んでばっかりいるように見えたんじゃないか」
「まったく、私の進路の心配なんてしなくていいのに。大学にはどうせ推薦で行くんですから」
「それは羨ましい限りだ」
推薦でも落ちるケースは多々あるのだが、天津は自信満々のようだ。荷渡に抱き付いて妙な行動をしなければ知的に見えるから、意外と学力があるのかもしれない。
「けど、それのどこが緊急事態なんだ? 親心を汲んで大人しく引き下がってもよくないか?」
「そうですね。ただのアイテムを奪われただけなら私もこうあたふたしません。実は――没収された中にクッションがありまして、その中に私が書いたちょっとアダルトな漫画を隠していたんです」
「ロリコンご用達十八禁漫画ね」と、荷渡がいちいち訂正する。
「……はい、そうです。私は両親に自分の趣味を打ち明けていません。バレたらそうですね……八つ裂きは免れても三枚におろされるでしょう」
「どっちも致命傷だな」
「はい……」
「用件はわかったよ。日ノ下くんのチュートリアルとしてはちょうどいい内容だね。あと、いい加減触りすぎ」
荷渡が天津の手を払いのけながら言った。
「僕もなにかやるのか……」
「人様の家に忍び込んで目的の物をいただく簡単なお仕事だよ」
「泥棒だよなそれ!?」
「失礼な。立派な人助けだよ。現代の義賊だよ。ま、万が一見つかっても天津ちゃんが誤魔化してくれるさ」
「ほんとにやらないといけないのか……」
「なに? ボクに黒歴史をばらまくぞって脅してほしいのかな? だとしたらドMだね」
この言葉はすでに予想できていた日ノ下は、大きくため息をついて「わかったよ」と答えたのだった。
人間が幼怪に勝てるわけないのだ。