その少女、黒歴史製造中につき取扱注意!13
遠目ではわからなかったが、つややかな長髪がまず目についた。この髪がさっきの埃だらけの踊り場の掃除をしていたのだと思うと残念でならない。眼鏡の奥にある瞳は、目じりの方が垂れておりやわらかな印象を受ける。作家だと聞いていたので、細身の体を勝手にイメージしていたが、そんなことはまるでなく身長は女子にしては高いし、体の肉付きはよく、しかも引き締まっている。作家のイメージに一致するのは、眼鏡くらいだろうか。バレーでもしていた方が似合いそうだ。
インドアな仕事をしているとは思えない瞬発力で天津が動いた。彼女は荷渡との距離を一気に詰めると、ヘビのように腕を絡める。
「荷渡さーん! 会いたかったですよー! 相変わらず最高の体つきしてますねー。なでなでなでなで」
「君が言うと皮肉にしか聞こえないよ」
抱き付かれた荷渡は、頭に乗っかる二つの肉塊を鬱陶しそうに見あげる。
ちょっとだけ荷渡がうらやましい。
「天津ちゃん、BHEに新人が入ったから紹介しておくよ。日ノ下榊くんだ」
「あ、男の子が入ったんですね。……って、私のアレが荷渡さん以外に知られるじゃないですか!?」
「別にいいじゃん。天津ちゃんが作った物はもうじき全国に発売されるわけだし、アレの客層には間違いなく日ノ下くんが入ってるでしょ」
「そうですが……面識のある人に知られるのと不特定多数の人に知られるのは違います!」
「そんなものかなぁ。ま、安心しなよ。日ノ下くんもBHEの誓いに乗っ取って秘密を他に漏らせば小指一本詰めるって誓ったからさ」
「誓ってねえよ! 今時ヤクザでもそんなことしないわ! けどまぁ……人様の秘密は安易に言わないけどな。どっかの誰かさんみたいに悪用したりもしない」
「そうですか……。わかりました。はじめまして、天津春香と言います。これからよろしくお願いします」
荷渡を胸の下に収めたまま天津がぺこりと礼をした。胸に潰された幼怪はうぎゅっと声を上げた。
「こちらこそよろしくお願いします。……失礼ですが、天津さんは何年生ですか――?」
日ノ下の記憶が確かなら、天津は二年生ではない。中高一貫の天野河学校では同学年の顔は把握している。
「三年生です。ようやく十八歳になれました」
「ッ! やっぱり先輩だったんですか。敬語はやめてくださいよ。年上の方に敬語を使われるのは落ち着かないです」
「日ノ下くんって意外と礼儀正しいんだね。けど、別に気にしなくていいよ」
「荷渡、お前も敬語くらい使えよ」
荷渡と天津が特別仲がいいのならため口なのもわかるのだけれど、そうではなさそうだ。ならば年上には最低限の敬意を払うべきだろう。
「いや、ボクもはじめは敬語だったんだよ。賭けてもいいけどね、日ノ下くんもそのうち敬語使わなくなるから」
「そんなわけあるか」
「いい子ですねえ日ノ下くん。すみません。私は人と話すときは敬語がいいんです」
本人がいいというなら仕方ないか――。
相手が敬語なのは、そう、コンビニの店員に接客されているとでも思えばいいか、と日ノ下は割り切った。
「気になってたんですけど、天津さんはなにを作ってるんですか?」
「やはりその質問が来ましたか……」
天津は下を向く。長い髪が垂れ、その表情を見えづらくした。
「あ、いや、話したくないなら無理に話さなくてもいいんです」
「いえ、今日の頼み事をこなしていただいたらわかることですので、前もって言っておきます」
覚悟を決めるように天津は荷渡をギュッと抱きしめる。
「ちょっとエッチな漫画です」
「女子小学生を書いたロリコンご用達のエロ漫画だよ」
天津のぼかした表現を、荷渡がオブラートに一切包まない表現に言い換えた。
言葉を失った。
どう反応していいかわからなくなった。藪からヘビが出てくるくらいなら覚悟していたが、虎が出てきた。