第95話
夕方になったところで、勇者たちが戻ってきたという話を聞いた俺は、早速その様子を見に向かう。
「わー、なんだかたくさん人いますねー」
「……そうだな」
みんなで、一目でいいから勇者を見たいという様子だ。
そのせいで、騎士たちが混雑している人々を捌いているほどだ。
こんなに野次馬がいるんだな……。
そういう俺たちだって、野次馬の一人なんだから何も言い返せないんだが。
人が多くて、中々前が見えない。
特に、男性が多い。……やはり、勇者が美少女だという噂が出回っているからだろうか?
「もう、邪魔ですね……っ」
背丈の高い男性が前に並んでいるせいで、まったくもって通りが見えない。
……別にリスティナさんも女性の平均的な身長はあるのだが、相手は男。
さすがに男相手に勝てるほどの身長はなく、リスティナさんはやや不満げだった。
「レリウス先輩の幼馴染だっていうから、一目見たかったんですけどね……っ!」
「まあ、あとでまたチャンスはありますから」
この後、リンを訪ねに行けば済む話だ。
俺は背筋を伸ばすようにして、通りを見る。
やがて、こちらへと真っすぐに進んできたのは……騎士たちだ。
女性騎士、男性騎士といたのだが……その中にリンの姿はない。
「ど、どうですか先輩? 見えましたか?」
「い、いや……いませんね」
「え? どういうことですか?」
……俺だって分からない。
……人が集まっているのがわかり、裏道を移動しているとかだろうか?
きっと、そうだろう。
わざわざこんなに人がいる場所を通る必要はない。
「うわー、なんだよ。勇者様どこ行ったんだよ!」
「え、今の中に勇者様いないのか!?」
「ああ。朝見たからな。一体どの道を通って中に入ったんだろうな?」
近くの冒険者たちがそんな話をしていた。
なんだろうか。
俺はその時、物凄く嫌な予感がしてしまっていた。
それを払拭したくて、俺はすぐに歩き出す。
「先輩、どうしたんですか?」
「今すぐに、リンに会いに行きます」
「わ、私も行きます!」
人の波をかき分けるようにして、リスティナが隣に並ぶ。
俺たちは、裏道を進み、それから今朝リンを訪ねて向かった宿舎へと移動した。
〇
「すみません、少しいいですか?」
俺が声をかけると、騎士が訝しむようにこちらを見てきた。
朝声をかけた騎士とは別の人だった。
「……話を聞いているかはわかりませんが、俺は勇者リンの幼馴染のレリウスと言います。これが、リンから渡されていた手紙です」
「す、少しお待ち下さい。確認しますから」
「お願いします」
騎士が慌てた様子で奥へと向かう。
それから少し待たされたあと、俺たちは中へと通された。
宿舎に入ると、どうにも重苦しい空気が流れていた。
……騎士が四名ほどいて、彼らは先ほど表の道を歩いていた騎士たちだった。
……つまり、リンと一緒に行動していたはずの騎士たちだ。
しかし、この場にリンはいなかった。
……明らかに異常だ。
「……あの、リンの幼馴染のレリウスといいます。……ここに、リンはもどってきていないのですか?」
俺が聞くと、騎士たちはさらに表情が険しくなる。
一人がこちらを睨んできた。
「うるせぇぞ! ただの平民を誰が入れやがったんだよ!」
「……私だ」
「き、キリエ様……あ、そ、そのすみません……」
声を荒らげた騎士だったが、女性の睨みによって一気に体をしぼめた。
「……どうしたんですか、いったい?」
俺が訊ねると、キリエ、と呼ばれた彼女が立ち上がりそれからすっと頭を下げてきた。
「すまない……勇者リンを見失った」
「え? ど、どういうことですか!?」
「……ここからさきのことは、他言無用でお願いしたい。……そちらのお嬢さんもだ」
キリエさんがちらとリスティナさんを見る。
俺たちは顔を見合わせた後、同じように頷いた。
「……まず、我々は発生していた高ランクの魔物を討伐するため、その現場に向かった。……無事、魔物を討伐した直後だった。……黒い渦が現れ、リン様を飲み込んでしまったんだ」
「……黒い渦、ですか?」
「ああ。……我々も調査したのだが、すぐにその渦は消えてしまったんだ。リン様だけを飲み込んで、な。今、リン様がどこで何をしているのか、分からないんだ」
「……そんな」
……勇者が消えた。だから、他言無用ということか。
市民を不安にさせてしまうからだろう。
「私たちはすぐに上に報告をするつもりだ。それから、再び調査をするのか、これからどうするのか……判断を仰ぐつもりだ。すまない、レリウス。キミのことは良くリン様から聞いていた……会わせられなくて、本当にすまない」
「……」
……俺はぎゅっと唇を噛んでから、首を振った。
「……いえ、気にしないでください。必ず、リンを見つけ出してください」
「……ああ、私の命に代えても見つけるつもりだ」
そういってキリエさんはすっと頭をさげた。
……ここにいても俺にできることはないだろう。
「俺は宿に戻ります……また何かわかりましたら、教えてください」
「ああ、わかった」
俺はそういってから、頭を下げて騎士の宿舎を後にした。
「先輩……どうするんですか?」
隣に並んだリスティナさんが首を傾げてきた。
「……とりあえず、リンがいなくなったという場所に行ってみます」
「ほ、本当ですか? これから夜になっちゃいますよ!?」
「……大丈夫です。それより、何か……情報が手に入るかもしれないですからね」
……急いで準備をしないとな。
装備に関しては問題ない。
転生する前にそろえた装備があるからな。
ポーションとかも今は確保してある。
……何とかなるだろう。
「ヴァー!」
リスティナさんの腕にいたヴァルも俺のほうに飛んできた。
「……協力してくれるのか?」
「ヴァー!」
「……ありがとな」
ヴァルの頭を撫でていると、リスティナさんが俺の方にやってきた。
「私も行きますよ! これでも、旅はしていますからそれなりには戦えるんですからね!」
「……でも、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよっ。それに、先輩……まだちょっと冷静じゃない部分もあって心配なんですっ」
……そう、だっただろうか?
どちらにせよ、協力してくれるのなら嬉しい限りだ。
「わかりました……お願いしますね」
「はいっ!」






