第93話
ベルクルの街へと向かうため、俺は荷物を持ち直していた。
「……本当に来るんですか?」
「はい、私も一度勇者様を見てみたかったので!」
にこにこ、と言った様子でリスティナさんが笑みを浮かべる。
「宿の仕事はなくても、劇団の方はいいんですか?」
「しばらく予定はありませんので。なんですか? 私に来てほしくないんですか?」
ぶー、とリスティナさんが頬を膨らませる。
……べつにそういうわけではないけど。
一人旅のほうが気が楽といえば楽ではあった。
それを悟られるとリスティナさんが絶対むくれるので、俺はそれ以上は何も言わなかった。
荷物の準備は整った。
俺はヴァルとリスティナさんとともに宿を出た。
宿を出て、馬車に乗りこむ。
ベルクルの街までの金銭を支払ってから、俺たちは椅子に深く腰掛けた。
そして、ちらとリスティナさんを見た。
「そういえば、リスティナさんって戦えるんですか?」
「一応は。ただ、そこまで得意ではないですけどね。まあ、自衛するくらいには得意ですよ!」
「……そうですか」
「レリウス先輩はどうなんですか?」
「まあ、そこそこは」
「そうですか。何かあった時は先輩に守ってもらいますね」
「……ある程度は自衛もしてくださいね」
「わかっています」
……本当にわかっているのだろうか。
にこにこ笑顔のリスティナさんに小さくため息をつきつつ、俺はヴァルの頭を撫でていく。
ベルクルの街には、夕方にはつくだろう。
……それまで、無事移動できればいいんだけどな。
〇
ベルクルの街に着くまでに、魔物に三度ほど襲われた。
……とはいえ、馬車に乗りこんでいた冒険者たちがそれなりに腕が立つため、俺はほとんど何もしなかった。
……でも、これほど魔物におそわれるのは珍しいことだ。魔物が増加している、というのは間違いないだろうな。
だから、きっと勇者とかもいるのではないだろうか?
ベルクルの街についたところで、馬車から降りて俺とリスティナさんは背筋を伸ばした。
「うーん、疲れましたね!」
「……そうですね」
「ヴァー」
ヴァルも俺たちの近くで翼を動かし、一つ鳴いた。
「それじゃあ、この後はどうしますか?」
「夕食でも食べて、それから宿でも探しに行きましょうか」
「あっ、それいいですねっ。行きましょう!」
リスティナさんが笑みを浮かべ、歩きだした。
カルラスよりも一回りほど小さな街だが、それでも活気にあふれていた。
何より今は……それ以上の盛り上がりを見せているようだった。
「勇者様っていうのは本当に人気ですねー」
「……そうですね」
「劇団でそこそこ人気の私ですけど、それがちっぽけになるくらいですね」
リスティナさんも結構な人気者だったと思うが、それでも勇者の前ではかすんでしまうようだった。
あちこちで、勇者の話題があがっている。
「……あー、俺も勇者見たかったなー」
「ははっ、明日には魔物狩りに出発するみたいだし、その時にでも見られるんじゃないか?」
「そうだったらいいなー」
……少し聞き耳を立てれば、そんな会話が聞こえる。
本当に人気なんだなぁ。
きっと、リンはかなり強くなっていることだろう。
リンとの明確な差が生まれてしまっているはずだ。職業や神器の違いがあるとはいえ、少しショックであった。
「先輩、このお店にしますか?」
「……ん? あー、そうですね。ここでいいですか」
リスティナさんが指さした場所を見ると、なんともいかがわしい店であった。
俺が驚いてリスティナさんを見ると、彼女は頬を膨らまして腰に手をあてる。
「もー、さっきから先輩上の空で全然話聞いてないじゃないですかー」
「す、すみません……」
……だからって、こんな悪戯しかけなくても。
俺がリスティナさんを見ていると、彼女は俺の手を取った。
「今は私とのデートを楽しんでくださいよ!」
「で、ででデート!? ただ、一緒に出掛けただけじゃないですか……っ」
「それをデートと呼ばず、何をデートと言うんですか? ほら、行きましょう!」
リスティナさんが肘に手を回してくる。
柔らかな感触が腕に触れ、思わず顔が強張る。
それを見たリスティナさんが、頬を緩めた。
「もう、先輩。緊張してるんですか?」
「い、いや……って、リスティナさんだって恥ずかしいならやめてくださいよ」
よく見れば、彼女の頬も赤く染まっていた。
俺が指摘すると、リスティナさんは唇をぎゅっと噛んだ。
「は、恥ずかしくても、こうしないとダメなんです!」
「……ど、どういう意味ですか?」
「恥ずかしくても、頑張らないと負けちゃうってことです! ほら、行きますよ!」
……なにが言いたいんだ?
彼女の言葉の意味がさっぱり分からなかった。
リスティナさんとともに、近くの店へと入った。
夕食を食べたあと、宿を探す。
「……なんか、どこも部屋が空いていませんね」
リスティナさんの言葉に、頷く。
「勇者がここにくるっていう情報を聞きつけた人たちに占領されているみたいですね」
「もう、と思いましたけど……私たちも似たようなものですもんね」
「ていうか、まんまそれですし。人のことは言えませんよ」
「……ですね。空いている宿を探しましょうか」
次の宿に入り、店員に話を聞く。
「二人部屋なら空いていますけど……大丈夫ですか?」
「ふ、二人部屋!?」
リスティナさんが声を荒らげる。それから、ちらちらと俺を見ては頬を赤くして顔を埋める。
……いやいや、さすがにまずい。
俺が断ろうとしたとき、リスティナさんがくわっと顔をあげた。
「だ、大丈夫です! 先輩、良かったですね! 私と一緒の部屋に泊まれますよ!」
「い、いやさすがに……それは」
「なんですか先輩? 何か私に仕掛けるつもりですか?」
「……いや、別にそんなつもりはまったくありませんが」
「え? ちょっともいやらしいことを考えないのですか? それはそれで、不服なんですけど……」
「考えたほうがいいんですか?」
俺が言い返すと、リスティナさんは耳まで赤くして、声をしぼめるようにしていった。
「やっぱり、考えないでください……」
……でしょう。
俺も恥ずかしくて頬が熱くなる。
苦笑していた店員に、宿代を支払って俺たちは部屋へと移動する。
部屋に二つのベッドが並んでいる。少し、窮屈な感じはしたが、それでも綺麗な部屋を借りられたな。
ヴァルを部屋に解き放ち、俺もベッドに腰かけた。
「……とりあえず、今日はここで休みましょうか」
「そ、そうですね……っ」
リスティナさんもベッドに腰かけたが、どこかそわそわとしている。
「……嫌なら、俺は外で寝ましょうか?」
「だ、大丈夫です! ていうか、嫌ではありませんから! むしろ、嬉しいくらいです!」
「う、嬉しい……?」
「べ、別に変な意味ではありませんよ!? 男性とこうして同じ部屋で寝たことがありませんからっ、良い経験になります!」
良い経験、って。
さっきから明らかに暴走気味のリスティナさんは、自分の発言に恥ずかしくなったようで、顔を真っ赤にしていた。
……と、とにかく。これ以上は触れないでいたほうがいいだろう。
俺もちょっと、変な気分になってきたし。ヴァルを抱きしめて落ち着こう。
ああ、すべすべで良い触り心地だなぁ……。






