第89話
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フィーラさんとともに劇を見に行く予定だったのだが、その前に街を見て回りたいそうだ。
そのため、それに俺もついていくことになった。
アルスゥス家の屋敷の庭についた俺は、そこでフィーラさんを待っていた。
すでに劇団は今日の会場へと向かったようで、誰もここにはいない。
一日に何度か劇はあるそうだが、今日の何回目で見ることになっているのかまでは知らなかった。
と、周囲を見ているとメイドを引き連れてフィーラさんがやってきた。
少し驚いたのは、フィーラさんの衣装が貴族らしからぬ落ち着いたものだったからだ。
着用しているのは恐らくは平民に合わせたものだ。
とはいえ、フィーラさんの生まれ持っての気品さまでは隠しきれていない。
美しい金髪をかきあげたフィーラさんがこちらを伺うように見てきた。
「どう? 変じゃない?」
「はい、とても似合っていますよ」
お世辞でも何でもない、本心だった。
フィーラさんは口元を緩めている。返答として、間違ってはいなかったようでほっとする。
「よかったわ。変装のためにも、地味な服にしたのよ。……あんまり似合ってないかもって思ったんだけど――」
「そんなことありませんよ」
フィーラさんは口元を緩め、それから腕を組んだ。
なんだろうか? フィーラさんは視線を少しだけ外に向け、それから片手をこちらに向けてきた。
「きょ、今日はレリウスがあたしの騎士みたいなの」
「……」
え、何を言っているんだ?
確かに同行することにはなっているが、遠目から騎士たちも俺たちを監視しているはずだ。
……騎士たちが対応しきれない場合は俺が動く必要があるということだろうか?
別に俺が動くことに不満はないが、万が一の場合に俺では対応しきれないことがあるのではないだろうか?
そこを少し心配していたのだが、フィーラさんが手を軽く振った。
「だから……あたしを、ちゃんとエスコートしなさいよっ」
「……わかりました」
不安であったので周囲の騎士たちに視線を向けたが、彼らはこくりと小さく頷くだけだ。
いい……ってことだよな?
俺がフィーラさんの手を掴むと、彼女は「ひゃんっ」と小さく声をあげ、肩を跳ね上げた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ! い、行くわよっ」
フィーラさんが俺の手を引いて歩き出した。
……エスコートするのは俺じゃなかったのか?
疑問を抱えながら、俺はフィーラさんとともに屋敷を出た。
貴族街をしばらく歩いていくと、だんだんと街並みが落ち着いたものになっていく。
平民街……いわゆる一般的な市民が利用している街へとついた俺たちは並んで歩いていく。
時々、フィーラさんは俺の手をぎゅっと握りしめてくる。
……そうされると、ついフィーラさんを意識してしまう。
思えば、こうして手を繋いで共に出かけるのなんていつぶりだろうか。
たぶん、小さいころにリンと一緒に出かけて以来だ。
あまりフィーラさんを意識しすぎてはいけない。深呼吸をしていると、彼女が肩をつついてきた。
「ねぇ、レリウス」
「なんですか?」
「レリウスって、この街には詳しいの?」
「……あまり、詳しくないですね」
以前もそうだったが、今回も街をゆっくり見て回るということはできていない。
ただ、おおよそどこに何があるかくらいは分かっている。
「それなら、あたしが街を案内してあげるわ」
「……いいんですか? フィーラさんも用事があるのではないですか?」
「あたしは大丈夫よ。街を見て回りたいだけだし」
それだと、俺がエスコートするという話はどこへやらという感じだが――まあいいか。
俺がフィーラさんにこの街でエスコートできるはずもないんだしな。
「……それじゃあ、お願いします」
「ええ、任せなさい」
フィーラさんが微笑んでから俺の手を握りなおして歩き出す。
ギルドなどの主要施設を見た後、フィーラさんがたまに訪れるお気に入りの店なども紹介してもらう。
フィーラさんは顔を隠すようにしていたが、それでも見る人が見ればわかるようだ。時々、こちらを見て噂をしている人の姿を何度か目撃した。
そりゃあそうか。この街を治める領主の娘なんだから、皆顔くらいは知っているのだろう。
フィーラさんはその度に恥ずかしそうに顔を隠していた。
〇
近くの店で飲み物を頂いてから、俺たちは劇場へと向かった。
席は……貴族のために用意された特等席だ。
フィーラさんとともに、その席に座った。
今は客の入れ替えを行っているところだ。
皆が長蛇の列に並んでいる中で、俺は貴族専用の入り口から中へと入ってきたわけだ。
少し、悪い気もしたが、それが貴族として場所の提供などを行っている特権なんだろう。……俺は別に何もしてないんだけどな。
椅子に深く腰掛けたフィーラさんからは、楽しみな雰囲気が伝わってくる。
「レリウスって普段劇とか見るの?」
「……俺はあまり見ませんね。フィーラさんはどうですか?」
「あたしは旅で来た劇団はだいたい見てるわよ。今回の劇も何度も見てるんだから」
この街に滞在している間、そりゃあフィーラさんは見放題だろう。
「俺って一度見ると物語とかわかるので二度目はいいかなってなっちゃいますね」
「え? そう? 毎回同じ演技ってわけじゃないし、何なら配役が変わってることもあって楽しめるわよ?」
……ああ、なるほど。
人によって声の調子や大きさ、身振り手振りなども変わってくるだろう。
そういった部分を楽しむのだろう。
劇に慣れたフィーラさんならではという感じだ。
俺の場合は、物語を楽しむが、フィーラさんはその先をいっているんだ。
ただ、人によって違う、というのは鍛冶でも似た部分はある。
少しだけ、彼女の気持ちが分かった。
「そろそろ、始まるみたいね」
気づけば客の入れ替えは終わり、会場の準備が整っていく。
壇上にスキルが落ちる。闇で周囲を覆うスキルだ。その後で、一か所を光が照らす。
……そこに、今回の役者であるリスティナさんがいた。
彼女の美しく、力強い声が響く。
……普段聞いているような声とはまるで違う。
そこにいるのは演者としてのリスティナさんだ。
一瞬で周囲の空気を変えるほどの力を持っていて、それは隣にいたフィーラさんの顔を見てもわかった。
会場の皆がリスティナさんに注目していて――俺も気づけば劇に集中していた。






