第9話 貴族の寝具
「ああ、そうだ。これがアルスゥス家の家紋になる」
彼はそれを証明するようにポケットから一つの布を取り出した。
そこには恐らく彼の家のものである家紋が記されていた。
……また貴族。
今度は一度も交流のない相手なので、少し緊張する。
「アルスゥス家にはキミと同じくらいの娘がいるんだが……ここ最近寝付けなくなってしまってな。医者にも見てもらったが原因が見つからず、今は彼女に合う寝具を探しては、試しているんだ」
「……なるほど」
「キミは、この宿の家具にどこまで関わっているんだ?」
「……一応、すべてですね」
「そうか。それなら、一度お嬢様にあった家具を製作してもらうために、屋敷まで足を運んでいただくことは可能だろうか?」
予想外の申し出だった。
この場ですぐに結論を出せる話ではなくなってしまった。
「俺には、両親がいますから二人に相談をしてからでもいいですか?」
「ああ、わかった。別にすぐにではなくてもいい。……私は一度屋敷に戻る予定だ。この手紙に返事をしてくれればそれでいい」
彼がすっと渡してきたのは、住所が書かれた手紙だ。
恐らくは、伯爵家のものだろう。
ちらと見てみると、俺が書く必要があるのは返事に関してのみだ。
「わかりました」
「それじゃあ、私はこれで失礼する」
すっと彼は立ち上がり、俺の部屋を出た。
……それにしても、まさか貴族に家具の製作を頼まれるとは。
というか、俺は『鍛冶師』だ。
得意なのは、どちらかといえば武器のほうなんだけどな。
ひとまず、二人に相談してみないことには始まらないな。
その日の夜。
時間を作ってくれた義父と義母に、俺は今日あった話をした。
そういうと、二人は俺のほうを見てきた。
「レリウスはどうしたいんだ?」
「俺は……どっちでもいいかな」
「……そうか。もしも、今後レリウスがそういった仕事をしていくのなら、今のうちに関係を作っておくのは悪いことじゃないと思うが」
義父の言葉に、俺は少し驚いた。
……そういう生き方もあるのかもしれない。
俺はこの宿で仕事をしていくんじゃないかと漠然と考えていた。
冒険者としての才能がない以上、ここで頑張っていくしかないだろう、と。
けど……他の生き方もあるんだよな。
「まだ、わからない……けど、やってみたい気持ちもある、かな」
「……そうか。それなら、受けてみたらいいんじゃないか?」
「うん、わかった……やってみようと思う」
「おう、頑張れよ」
義父がそういって俺の肩を叩く。
義母が小さく息を吐く。
「リンがいなくなって寂しかったけど、いずれはレリウスもこの家から離れちゃうのよね」
義母がそういって、俺を見てきた。
リン、か。
今頃学園で戦うための勉強をしているのだろうか。
〇
俺が手紙に返事を書いてから一週間が経ったときだった。
迎えをよこす、ということで一つの馬車がやってきた。
一度も乗ったことがないような豪華な馬車だ。
さすが貴族。
迎えとしてやってきたのは騎士と使用人たちだった。
俺が馬車に乗りこむと、アルスゥス家へと出発した。
それにしても、夜眠れない子の為のベッド、か。
果たして俺にそれらが作製できるのだろうか。
屋敷についたのは、町を出発してから二日が経過してからだった。
意外と遠いんだな、なんて思いながらアルスゥス家が管理している街についた。
この街と近くの土地までが、アルスゥス家が任されている領地だそうだ。
屋敷についたところで、馬車から降りた。
屋敷に入ると、アルスゥス家当主――リオン・アルスゥスがやってきた。
歳は三十半ばほどだろうか?
「レリウス。領主のリオンだ。依頼を受けてくれて助かったよ」
「……いえ、俺も指名してもらってありがたいです」
「ところで……聞いた話によるとキミは鍛冶師という話だったね」
「はい」
俺の返事を聞いた使用人が不安そうにこちらを見てきた。
鍛冶師が不遇なのは仕方ない。歴史がそれを証明してしまっている。
領主はじっとこちらを見てから嘆息をついた。
「まあ、こちらとしてはどうにかできれば誰でもいいんだ。それじゃあ、早速になるが娘の部屋をみてくれないか?」
「わかりました」
リオンさんは忙しいようなので、使用人が部屋まで案内することになる。
執事についていき、娘さんの部屋へと向かう。
「……フィーラ様。お部屋のほうに入ってもよろしいでしょうか?」
お嬢様の名前はフィーラというようだ。
「……いいわよ」
不機嫌そうな声が部屋の中から返ってきた。
執事が扉をあけ、中へと入る。
部屋は暗い。窓から差し込む月明りだけが、そこにはあった。
美しい金髪を揺らす少女は、しかしその両目は鋭くとがっていた。
緩いウェーブのかかった髪は、背中の中ほどまで伸びている。
寝ようとしていたのだろう。身に着けているものは薄着であり、その肌まで見えていた。
胸元には赤い魔石のついたネックレスが光り輝いていた。
一体いくらするんだろうか。綺麗なものだった。
彼女はベッドで横になったまま、枕を抱きかかえていた。
その両目には隈が目立つ。
やはり、長時間眠れていないようだ。
「……そいつが、すっごいベッドを作った人なの?」
「初めに調査に向かった騎士の言葉では、これまで眠ってきたどのベッドよりも素晴らしいものだったそうですよ」
「でも、確か、鍛冶師なんでしょ?」
「そ、そうですが」
「最弱の落ちこぼれの職業じゃない。なにができるのよ?」
そう言われるのは仕方ない。俺だって、何も知らなければ同じ感想を抱いただろう。
というか、俺と会う前から、フィーラは不機嫌極まりない様子だった。
睡眠不足もあって、機嫌が悪いんじゃないだろうか。
「……早く寝られるようになりたいのに、鍛冶師なんて」
じっとフィーラはこちらを睨みつけてくる。
「その為にも、これからベッドをみてもらうことになっています。……お願いできますかレリウス殿」
執事がちらと俺を見てきたので、頷いた。
フィーラがいるベッドへと近づく。
俺の力を証明するには、彼女の悩みを解決するしかないな。
彼女はじっとこちらを見たままだ。
俺は一度壊して、もう一度製作する必要があるんだよな。
ベッドをじっと見て、まずは現状の能力を確認する。
……Cランクか。悪くはない。
ただ、気になったのはベッドに付与されている効果だ。
睡眠妨害 Sランク。
その文字を見て、俺は疑問に思った。
……製作したものに、効果をつけることができるのだろうか?
ってことは、俺の武器に何かしらの効果を狙ってつけることも可能なのだろうか?
今までそういったものは見てこなかった。
初めての経験に少し戸惑う。
「……どうよ。新しいの作れそうなの?」
「ちょっと待ってください。すみません、もうしばらく見ていたいので、別の部屋で休んでいてもらうことは可能でしょうか?」
「はぁ? 別にいいじゃない」
フィーラが不機嫌そうな声をあげる。
俺が集中した空気を出すと、執事がフィーラの肩をそっと掴んだ。
「……フィーラ様。職人仕事というのは集中が必要です。邪魔をしないようにしましょう」
「……わかったわよ」
フィーラはぐっと唇を噛んでから、立ち上がった。
ふらふらとした足取りだ。
……よっぽど眠れていなかったのだろう。
二人がいなくなったところで、俺はハンマーを取り出した。
さて……うまくいってくれるだろうか。