第86話
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本番で着る衣装……その意味は俺でもわかった。
彼女は主役級の役をやるといっていたな。今ここに転がる衣装も、見てわかるとおりに美しいものだったというのがわかるほどの出来をしていた。
……誰かの手によって傷つけられていなければ、だ。
切り裂かれた跡を見ても、魔物がした行為などではないのがわかる。
何か鋭利なもので切り裂いたのだろう。
「……誰かにやられたんですか?」
「わかりません……」
リスティナさんは元気がない。
彼女の代わりに、俺はその衣装へと近づき、一欠片を手に取った。
「リスティナさん、まだ劇はあるんですよね?」
「……あり、ます。今週一杯はこの街に滞在しますから」
「これでは、劇もできないはずです。……その場合、どうなるんですか?」
「役を変えて、行うと今朝話しあって決まりました」
「役、ですか」
「……私、物語のメインヒロインだったので……衣装も豪華でした。ですので、まだ現在残っている衣装の中で、比較的豪華なものを身に着けているクルッタさんがメインヒロインの役を務めることになるそうです」
「……リスティナさんが、別の衣装を着るなどはダメなんですか?」
「……衣装は、あるにはありますが……それでもクルッタさんが強く言ったんです。他に保管してある衣装では、華やかさに欠けるって……。実際、クルッタさんの言う通りでもありましたし……」
聞けば聞くほど、クルッタさんが怪しい。
だが、リスティナさんはその言葉を口にしない。
「だから、クルッタさんがこんなことをしたんですかね?」
「……犯人はわかっていません」
リスティナさんは悔しそうに拳を握りしめる。
……クルッタさんはリスティナさんに対して強気な態度をとっていた。
あれを見ていると、どうしても彼女を疑ってしまう。
「犯人を見た人はいないんですか? さすがに、誰も見ていないというのはないのではないですか?」
特に劇団員であれば出入りもあるだろう。
しかし、リスティナさんは首を振った。
「クルッタさんは劇団での活動も長いですから……私よりも味方は多いんです。聞いても誰も、わからないですよ……」
どうやっても、犯人は分からない、か。
それならば、今俺がやるべきことは犯人捜しではないだろう。
犯人の目的が衣装を破壊することなら、その思惑くらいは覆したかった。
リスティナさんが悲しんでいるのだしな。
同じ職場の、それも先輩だ。俺に出来ることがあるなら、助けてあげたい。
能力についてバレたとしても、リスティナさんは信頼できる人だしな。
まあ、いいだろう。そんな気持ちとともに、俺は衣装をぎゅっと掴み上げた。
「……リスティナさん。もしも、この衣装と同じものがあれば、劇は通常通りに行えますかね?」
「……え? ど、どういうことですか?」
「そのままの意味ですよ。同じものがあれば、問題はありませんよね?」
「……は、はい。それがあれば、団長もそう決断してくれると思います」
力を人に見せびらかすつもりはない。
ただ、リスティナさんには時間がない。劇の準備をする人たちだって、そうだろう。
……例えば、今夜持ち帰り『縫いました』と明日の朝に持ってきてもその日の劇ではもしかしたら新しい配役で行うかもしれない。
それは俺が許せなかった。
明らかな悪意に満ちた行為によって、誰かが利益を得ようとしているのだから。
俺は一つ息を吐いてから、体内から神器を取り出した。
片手で扱える程度のクリエイトハンマーに、リスティナさんが怪訝げに首を傾げた。
「……レリウス先輩?」
「少し、衣装をお借りしますね」
「はい……」
俺の手元にある衣装は、作製可能だ。
それにハンマーを振り落とす。
レベルが足りていなければ、作製に素材が必要になるのだが、破壊した衣装は魔力だけで作成できるようだ。
「あ、あれ? 先輩、衣装はどこに行っちゃったんですか!?」
「俺は、鍛冶師の職業のおかげで物の製作がある程度自由に行えるんです」
「物の製作ですか……? あれ、でも鍛冶師って確か武器の製造だけって聞いたことがあったような――」
「ちょっと、俺のは特別みたいなんです。このハンマーで破壊したものは、アイテムボックスに自動で回収できまして――」
リスティナさんを安堵させるためにも、俺はすぐに先ほどの衣装を作製し、取り出した。
現れた新品の衣装に、リスティナさんが目を見開いた。
「こ、これって……っ!」
リスティナさんに手渡すと、彼女はそれを大きく広げた。
その両目が見開かれる。
「たぶん、リスティナさんのサイズに合っていると思いますが、もしも問題があれば教えてください」
……と、それっぽいことをいったけど、サイズの調整はしたことがなかった。
「たぶん、以前のものとまったく同じサイズですから……問題ないと思います」
「そうだったら、良かったです」
ほっと、胸をなでおろした俺は、それからリスティナさんの方に近づく。
「リスティナさん、それで一つお願いがあるんですが」
「……え? な、なんですか!?」
「……先ほどの力について、黙っていてほしいんです。この力、結構凄いものですよね?」
「け、結構どころか……かなり凄いとおもいます。ていうか、うちの劇団長が知ったら、ぜひ! って先輩を誘うくらい凄いですよ」
「ですよね。物をゼロからでも作れてしまうので、あんまりたくさんの人に知られるわけにはいかないんです。悪いことを考える人もいるかもしれませんから」
「……なるほど」
「ですから、お願いします。黙っていていただくことはできますか?」
俺がそういうと、リスティナさんが頷いた。
「はい、もちろんです。レリウス先輩を傷つけることは、したくないですから」
「……そうですか。よかったです」
ほっと、胸をなでおろす。
……能力を使っても問題がない相手で助かった。
俺が安堵していると、リスティナさんが頬をかいた。
「そ、そのレリウス先輩、聞いてもいいですか?」
「なんですか?」
「……そんな、隠したい力を、どうして……私のために使ってくれたんですか?」
なぜ、そのようなことを聞いてくるのだろうか。
その理由なんて簡単だ。
「リスティナさんが悲しんでいる姿を見たくなかったので」
「……っ」
そう伝えると、リスティナさんの顔がぼんっと赤くなった。
……そんなはずかしがるようなことだろうか?
それより俺は、彼女の劇のほうが心配だ。
「とにかく、物はあるんですからすぐに説得に向かったほうがいいのではありませんか?」
「……そ、そうですね! それじゃあ、行ってきますね!」
「はい。頑張ってください」
リスティナさんとともに、テントを出る。
彼女が劇団長がいると思われる方へと、衣装を抱えて走っていく。
その背中を見送った俺は、そろそろ戻ろうかと歩き出した。
「あっ、やっぱりレリウスよね!」
自分の名前が呼ばれたので振り返ると、そこには屋敷の主の娘であるフィーラがいた。






