第77話
ルッコスの街出発当日。
俺はクルアさんの馬車に荷物を運び込んでいた。
実際の予定では、馬車を使って食料などを運んだり、またこちらで料理をしてから提供するなどの作業を行う予定だった。
ただ、もちろん周りに見せるという部分で、馬車にある程度の荷物を運んでおく必要があった。
俺はクルアさんの馬車に乗って向かうため、その作業の手伝いを行っていく。
ちょうど、ここでは他の商人たちもルッコスに向かうためか、馬車に荷物の運び込みを行っている。
知っている人はいないが、みんながこれからルッコスの街のために動く。
そう考えると、妙な団結感のようなものを感じ取ることができた。
そんなときだった。
「いいから……っ! 乗るんじゃないわよ!」
荒らげた声が、響いた。
その声で一斉に皆が視線を向ける。
そちらには女性が二人いた。一人は見たことのない人だったが、もうひとりは知っていた。
リスティナさんだ。
リスティナさんが女性に頬を叩かれたようで、頬を押さえていた。
女性は息を乱しながら、リスティナさんをにらみ、一人馬車に乗り込んだ。
「ま、待って下さいクルッタさん!」
「悪いけど、あなたの席はないわよ。まあ、あなたの代わりは私が務めてあげるわ」
ふっと微笑んでから、女性は馬車とともに出発した。
残されたリスティナさんの表情が険しくなっていく。拳をぷるぷると震えさせ、そちらを睨みつけている。
状況はまったく見えなかった。
リスティナさんに注目していた人たちも自分の作業へと戻っていく。
「すみません、クルアさん。ちょっと離れても大丈夫ですか?」
「はい。積み込みは終わりましたので、出発までに戻ってきてくれれば」
「わかりました」
クルアさんの許可をもらったので、俺はリスティナさんのほうに向かう。
リスティナさんは唇をぎゅっと結んでいたが、俺に気づくと驚いたようにこちらを見ていた。
「……リスティナさん?」
「え? あっ、レリウス先輩じゃないですか」
顔をあげたリスティナさんの目尻には涙が浮かんでいた。
俺に気づいた彼女はゴシゴシと目元をこすった。
「ど、どうしたんですか?」
「それはこっちのセリフです。……どうしたんですか? 先程の女性、凄い剣幕でしたけど」
「……あー、えーと。そのあの人は私の先輩なんです」
「……先輩、劇のでしょうか?」
「はい。いつも、だいたい主役級の役をしていた方なんですが……私が今回主役になってしまってから、態度が急変して……」
「それで、馬車にも乗せてもらえなかったってことですか?」
「……はい。劇団で使っている馬車には荷物を大量に入れてまして、劇団員は商人の馬車に乗っていく予定だったんですけど……どうやらあの人が商人と話をつけていたみたいで」
「他の馬車はどうなんですか?」
「えーと、みんなもう出発しちゃってたみたいなんです」
「……そうですか。それなら、うちの馬車に乗りますか?」
「え? ……そういえば、レリウス先輩も向かうって言っていましたもんね。だ、大丈夫ですか?」
「優しい人ですから、相談すれば大丈夫だと思いますよ」
「お、お願いしてもいいですか!?」
「はい。ついてきてもらっていいですか?」
リスティナさんがほっとしたように息を吐き、俺の隣に並ぶ。
それからクルアさんのもとに戻ると、クルアさんはちらと俺の方を見てきた。
「……そちらの方は先程の。レリウスさん、知り合いだったんですか?」
「はい。その事情があって馬車に乗れなくなってしまったそうなので、こちらに乗せることは可能ですか?」
「……そうですね。大丈夫だと思いますが」
リスティナさんがその言葉を聞いた瞬間、目を輝かせた。
「ほ、本当ですか!?」
「は、はい……ところで……レリウスさんとはどのような関係でしょうか?」
クルアさんがちらとリスティナさんを見る。
俺とリスティナさんの関係? ただの仕事仲間ということ以外はないだろう。
しかしリスティナさんは楽しそうに目を細める。それから、俺の腕に抱きついてきた。
「彼氏彼女の関係です!」
「え!? そうなんですか?!」
クルアさんが驚いたように目を見開く。
何を言っているんだこいつは!
俺はリスティナさんの腕を振りほどき、一度頭を叩く。もちろん、加減はしたが。
そうすると、リスティナさんの表情も少しだけ柔らかくなった。
……まあ、リスティナさんはこっちの表情の方があってるよな。
「クルアさん、リスティナさんは職場の後輩です。性格は人をからかうのが生きがいみたいな奴なんです」
「なんて酷い紹介ですか。からかうのはレリウス先輩だけですよっ」
だから余計にたちが悪いんだ。
俺が呆れてため息をついていると、クルアさんはじっと俺たちを見てきた。
「私はクルアです。レリウスさんとは商人と職人として契約を結んでいます。よろしくお願いしますね」
「……商人、契約。仕事の仲間ってことですか?」
俺を見てきたリスティナさんに、首肯を返した。
「そんなところですね」
リスティナさんが納得したように頷いた。
それから彼女は軽く息を吐いて笑った。
「レリウス先輩に彼女がいるのかと思ったんですよ。先を越されてしまったのかと」
「……先? あれ、以前彼氏はいるって言っていませんでしたか?」
「あっ……いや、そのとにかくです。レリウス先輩の彼女じゃないってことですね?」
「ええ、まあ」
リスティナさんが言い切ってから、クルアさんを見た。
「改めて……初めましてです、クルアさん。私はレリウス先輩の宿屋で先輩の面倒を見ているリスティナと言います。よろしくおねがいしますね」
面倒を見ているのはどっちだ……。
「……はい。職場の後輩、ということなんですね」
「まあ、一応はそうなりますね」
リスティナさんが頷くと、クルアさんも微笑を浮かべた。
「わかりました。それで、そちらの女性を馬車に乗せたいということですよね?」
「……ええ、まあ。可能であればでいいんですけど」
俺だってクルアさんに無茶を言っているのはわかっている。
「ええ、大丈夫ですよ。元々、荷物を乗せるだけでしたので多少座り心地は悪いかもしれませんが……」
「大丈夫です! よろしくおねがいします!」
「はい、よろしくおねがいしますね」
二人がにこりとほほえみあう。
とりあえず、仲良くやれそうだな。






