第76話
「……なるほどなぁ。確かに義父さんも、そんな話を冒険者たちから聞いたなぁ」
後日。
俺は緊急依頼について、両親に話をしてみた。
「できればでいいんだけど、俺も冒険者として何かしたいと思ったんだ。最近、宿の仕事も落ち着いているみたいだし、どうかなって思って」
「そうだな。おまえだって外を見てみたいだろうしな……ああ、こっちは大丈夫だ」
元々、週に一度程度でしか仕事をしていなかったのもあって、了承はあっさりだった。
「怪我だけは気をつけてな」
「うん、わかってる」
「そういえば、同じような期間でリスティナも休みがほしいって話していたんだが、もしかして一緒に行くのか?」
「え? いやそれは知らないな」
初耳だった。
リスティナさんも緊急依頼を受けるとかだろうか?
俺が首を傾げていると、義母のほうが微笑んだ。
「リスティナちゃんは違う理由よ」
「え? そうなのか? ……父さん、知らないんだけど知っているのか?」
「ええけど内緒よ。女の約束だもの」
おほほ、と義母が笑う。
……何か、リスティナさんも別にしていて、そちらの関係で休みがほしいのか。
少し気になるし、あとで食事が一緒になったときにでも聞いてみようか。
その日は通常通りに勤務に入る。
リスティナさんも朝からシフトに入っている。
もうすっかり仕事には慣れたし、今ではリスティナさん目当ての客もいるほどだ。
義父の、顔で選ぶ、という方針は少しゲスい部分もあるが決して間違いではないのだろうと思わせられた。
午前中仕事をして、昼時の一番忙しい時間を過ぎた所で、俺とリスティナさんも休憩をとることになる。
賄いとして用意されていた本日の定食料理をお互いに持っていく。
俺は控室か部屋のどちらかで食事をする。
今日は、リスティナさんを誘って控室で食べようか。
「先輩、昼食一緒に食べていいですか?」
「はい、構いませんよ」
むしろ、俺からも誘おうと考えていたところだ。
助かったな。
リスティナさん、こちらから誘うとすぐにからかってくるからな。
お互いに昼食をテーブルに並べて、食事を始める。
「そういえばリスティナさん。なんでもしばらく休みをいただくようですね」
「あれ? 先輩どこでその情報を手に入れたんですか? あっ、もしかして私のシフトを聞いて一緒に仕事がしたいとかでしたか?」
ニヤニヤとからかうように笑って肘をつついてくる。
「そうじゃないですよ。たまたま自分も同じ期間休みを取ろうと思っていて、義母さんから教えてもらったんです」
「え? そうなんですか?」
「はい。自分は緊急依頼――ルッコスの街での冒険者活動を行おうと思っていたので、てっきりリスティナさんもそうなのかと思っていたんですけど」
「……あー、ちょっと違いますね」
「そうだったんですね」
てっきり、俺と同じようなものだと思っていた。
リスティナさんは考えるようにしばらく腕を組んでから、前髮をいじりだした。
「その……笑わないでくれますか?」
「……えーといきなりなんですか?」
「私、ここ以外でも仕事しているんですけど、それって知っていましたか?」
「まあ、一応。何をしているかまでは聞いていませんでしたが」
「……そっちの仕事の関係で、ちょっとルッコスの街に用事があるんです」
「そうなんですか。その仕事って……聞いてもいいですか?」
俺が訊ねると、リスティナさんはこくりと頷く。
とても恥ずかしそうにしていた。普段中々見ることのない表情だ。
俺が珍しく思っていると、リスティナさんは頬を染めながらそっぽを向いて、呟くようにいった。
「……げ、劇団員です」
「……え?」
劇団員といえば、劇をする人たちのこと……でいいんだよな?
劇を俺は見たことが一度しかなかったので、詳しくはないが確か物語などを演じるものだったはずだ。
初めて見たときは、スキルを用いた派手な演出が「かっこいい」と思ったことはあったのだが、幼かったこともあってそれ以外は印象に残っていなかった。
恥ずかしそうにリスティナさんが前髮を弄っていた。
「劇団員って……色々いますよね? 具体的に何をしているんですか?」
いわゆる舞台にあがる演者と、裏から支える人と様々だ。
リスティナさんは恥ずかしそうな様子で口を動かした。
「……演劇を、する人です。ま、まあけど……っ! まだ端役ばっかりだったので、こうしてバイトしながらなんですけどね! 全然ダメダメな演者なんですよ!」
リスティナさんが声を張り上げるようにして笑った。
……もしかしたら、リスティナさんはそれが恥ずかしかったのかもしれない。
「頑張ってくださいね」
「……え、あ、その……うん、はい……頑張ります」
俺が伝えるべき言葉はそのくらいだろう。
リスティナさんは顔を片手であおりながら、食事に視線を向ける。
誤魔化すように勢いよく食べ始めた姿はなんとも、可愛らしかった。
「けど……一体何をしにいくんですか?」
「……まず、うちの劇団が持っている馬車を使って、荷物を運びます。その後、今現在落ちこんでいる町の人たちを元気づけるための劇をすることになっています」
「……なるほど。俺たち冒険者も復興作業の手伝いですから、それに近いことをするというところですかね」
「たぶん、そうですね」
となれば、もしかしたらどこかで連携をとることもあるかもしれないな。
劇、か。
「けど、劇で役を演じられるのって、一握りですよね?」
一度の劇に出られる人数は決まっているだろう。
その場に出られるだけでも凄いことだと思う。
「ま、まあそうですね」
「凄いですね」
「……そ、そんなことないですよ」
「いえ、凄いことですよ」
俺がそう褒めると、リスティナさんは顔を真っ赤にうつむいてしまった。
褒められるのも慣れていないようだ。
「次の劇にも参加するってことですよね?」
「……そう、ですね」
「どのような役になるんですか?」
「……次は、その……メインの役をもらったんです」
「え、本当ですか!? ……自分も復興作業がなければ見たかったですね」
「……か、からかわないでください!」
「いえ、別にからかってはいませんよ? 純粋に、見てみたかったので」
「……も、もうっ!」
もちろん、さっきまでは本心だったが、段々リスティナさんの反応が楽しくなってきた。
「ただ、気をつけてくださいね。前線からは離れていますが、危険がないとも限りませんから」
「わかっていますよ。劇団にも戦える人が多くいますからね。大丈夫ですよ」
それなら、安心だろう。
お互いに、頑張らないといけないな。






