閑話 勇者たち
リンの振りぬいた一閃が、ワーウルフの体を切り裂いた。
迷宮内に存在していたワーウルフは、その一撃によって生命活動を停止し、体が霧のように消滅した。
後に残ったのは一つの魔石と素材だった。
「リーンー、そっち終わったならこっちも手伝って!」
「わかった、今行く!」
リンは同じくパーティーを組んでいるベニーのもとへと駆ける。
ベニーの隣では、今にも死にそうな顔をしていた少女がいた。
「も、もう無理ですぅ……吐きますぅ……」
彼女の名はニーナ。
前髪で片目を隠している少女は、今にも泣きそうな顔をしていた。
ニーナもまた、勇者の職業を持っていたが、リン、ベニーに比べて随分と弱気だった。
ニーナに迫るワーウルフだったが、リンがその体を切り裂いた。
「大丈夫ニーナ!?」
「あ、ありがとうございます……」
ニーナはほっとしたように息を吐きながら、神器である火操の杖をワーウルフに向ける。
「わ、わわわわ!」
慌てたニーナがスキルをうまく発動することができなかった。
その肩を、リンが押した。
「安心して。ゆっくり、確実にね」
「う、うううん!」
リンが落ち着かせることでニーナはようやくスキルの準備ができた。
僅かなスキルチャージ時間のあと、ニーナの杖から火があふれだした。
その業火が、ワーウルフを飲み込む。
ニーナの生み出した火の中を、リンとベニーが突っ込んでいく。
……ニーナの火は、指定したものしか焼くことはない。
ニーナの勇者と杖の力が組み合わさったゆえの、集団戦での必殺技ともいえるものだった。
ベニーが相手していたワーウルフの数は四体いたのだが、ニーナの火によって一気に焼き払われた。
ワーウルフたちを一掃したところで、ベニーがふっと口元を緩めて斧を担いだ。
ベニーの持つ神器は大きな斧だった。
押しつぶされそうなほどにベニーの体は小さかったが、ベニーは勇者の力もあってそれを軽々と持ち上げていた。
それから彼女は神器を体内へとしまった。
「まったく。こんなにワーウルフが出てくるなんて思いもしなかったわ」
「本当だよね。さすが、この辺りの階層が強いって言われているわけだよね」
「も、もう……死にますぅ。嫌ですぅ、実家に帰らせてくださいぃぃぃ」
ニーナが泣きながらそれらの言葉を口にする。
しかし、ニーナの泣き言を無視して、ベニーとリンは話を続ける。
ニーナはわりとすぐに『無理』、『帰る』という言葉を口にする。
そのため、二人もすっかりニーナの扱いには慣れていた。
「今が三十二階層だっけ?」
そういいながらリンは首から下げたネックレスの魔石を撫でていた。
レリウスにもらってからというもの、リンは暇があるたびにネックレスを撫でるようになっていた。
「ええ、そうよ。まあ、まだまだ何とかなるわね」
「えー、ベニー。助けてって言ってたじゃーん」
「暇してそうだったからよ」
リンが微笑みながらベニーを背後から抱きしめ、その頬をつつく。
ベニーは子ども扱いされることにむっと頬を膨らませていた。
ニーナがそんなベニーをちらと見て、その頬にそそそ、と人差し指を伸ばす。
一度つつく。
ベニーが睨みつける。ニーナはさっと視線を外し、ベニーの視線が外れたのちまた頬をつつく。
「人を子ども扱いするんじゃなーい!」
耐えきれなくなったベニーがその場で両手を振り上げる。
一度しまった斧を取り出し、威嚇するようにその場で振り回してみせた。
ベニーが腕をぶんぶんと振りまわす姿は駄々をこねる子どものよう。
それを見たニーナとリンがまた僅かに癒されていた。
「まったく。二人とももうちょっとしっかりしなさいよね。あっちの勇者たちに負けたくないんだから!」
「えー、けどそれってベニーが勝手に喧嘩してるだけだしいいんじゃないの? ね、ニーナ」
「……そ、そうですよぉ。たまにお菓子とかくれますし」
「何篭絡されてんのよ! ダメよ! あいつあたしをバカにしたんだから!」
むかっとベニーが拳を振り下ろし、そして宣言する。
「さあ、次行くわよ!」
ベニーが指を迷宮へと向けて歩き出す。リンとニーナは小さく息を吐いてからその後についていった。
〇
騎士育成学園には、三つの迷宮があった。
それらはすべて人工的に作製された迷宮だ。
一般的な迷宮の最奥には、クリスタルがある。
最下層まで攻略し、そのクリスタルが設置された台座から取り外すことで、迷宮の完全攻略となり、その迷宮はクリスタルが外されてから30日後に完全消滅となる。
そのため、完全攻略を行う場合は、事前にギルドが主導になって計画を立てることになる。
そのクリスタルには莫大なエネルギーがつまっている。
かつて、戦争が盛んにおこなわれていたときはこのクリスタルを使った兵器が数多く作られていたものだが、今現在このクリスタルの利用法は一つだった。
それは、迷宮の作製だ。
クリスタルを使うことで、人工的に迷宮を作ることができないかの研究が行われ、そして現在では人工的な迷宮を作ることができるようになっていた。
ただし、その成功確率は極めて低く、これまでに回収したクリスタルが二桁を超えるのに対し、人工迷宮は騎士育成学園に三つしかなかった。
クリスタルには、迷宮に関する情報が大量に刻まれていた。
まだすべてが解析されたわけではないが、迷宮の構造や、魔物の情報、素材の情報などがあった。
つまり、クリスタルには数多くの迷宮に関する情報が細かく記されていたのだ。
研究者たちは可能な限り、現代語に置き換え、クリスタルに情報を刻んだ。
文字が変化してもクリスタルが壊れることなく維持できたものは十個程度。
その後、迷宮としてきちんと機能したのは三つだった。
それが現在、騎士育成学園にある三つの迷宮だった。
これらは難易度ごとに別れている。
まず基礎鍛錬用のF~Dランク相当の迷宮。
多少難易度をあげたC、Bランク迷宮。
そして、一流を育てるためのA、Sランク迷宮だった。
すべての迷宮は五十階層までとなっていて、数字があがればそれだけ難易度が高くなっている。
現在、ベニーたちが挑んでいる迷宮はC、Bランク迷宮だった。
そして、彼女らが挑んでいる理由は簡単だった――。
「わたくしたちが倒したワーウルフのほうが強かったですわ! こっちはユニークモンスター一体倒してますもの!」
「はぁ!? 数で勝負するって言っていたのはそっちでしょ!」
ベニーが声を荒らげた先には、二人の美少女がいた。
一人は金髪をロール状にした女性――ルーヴィだ。彼女もまた勇者だった。
ルーヴィとベニーが顔を突き付けあって、睨み合う。
それを苦笑しながら見ていたのは、リンとルーヴィに協力した勇者――ティルファだ。
肩のあたりで切りそろえられた髪は、ボーイッシュだ。学園内の女性から、多くの支持を集めている勇者だ。
「ベニーがごめんね。喧嘩うっちゃって」
「いやいや、こっちもごめんね。ルーヴィが喧嘩吹っ掛けちゃって」
ベニーとルーヴィは非常に仲が悪かった。






