第69話 昇格試験6
倒れたラビットカンガルーたちを解体していく。
俺は解体まではわからなかったが、シイフさんがそういうのは得意なのだそうだ。
皆が解体用の小さなナイフを取り出している。
ただ、どれも使いにくそうであった。
俺も皆に倣って毛皮に切り込みを入れていく。そうすることで、容易にはぎとることができた。
自分の手でこうして解体をするというのも悪くはない。
「それにしても、余裕だったな」
ウォリアさんが解体しながら楽しそうに笑った。
「まあ、つまりあたしたちがEランク冒険者程度の力があったってことなんでしょ?」
「そうだよな! よっしゃ! これで夢に一歩近づいたぜ!」
「その一歩で終わらなければいいわね」
「当たり前じゃねぇか!」
ウォリアさんとラシンさんが楽しそうに話をしている。
シイフさんが肉を捌きながら、ちらと視線を向ける。
「このお肉、おいしそうだね」
「そうですね」
確かにおいしそうだな。これを調理したらおいしい料理ができるかもしれない。
素材は山分けだし、家に帰ったらヴァルにも食べさせてあげようか。
そんなことを考えていたときだった。
がさがさ、と何かが動いた。
「魔物かしら? 血の臭いに寄せ付けられたのかしらね」
すぐにラシンさんとウォリアさんが神器を構える。
俺たちも油断なくそちらを見ていたときだった。
木々の隙間から現れたのは、小さなウサギだった。
額から生えた小さな角から察するに、ホーンラビットだ。
この魔物たちは雑食だが、草食よりだ。よっぽどの空腹でなければ、人間を襲うことはないとされている。
そして今は空腹ではないようだ。俺たちの横を過ぎていった。
ただ……急いだ様子だった。
少し不自然とも思える慌てたような動き。まるで何かから逃げているようだった。
「なんだ、ホーンラビットかよ」
「まあ、この森にいる魔物なんて、ホーンラビット、ウルフ、ゴブリンくらいだしそんな気を張る必要もないわね」
二人が解体を再開していく。
俺がじっとホーンラビットの去っていった方を見ていると、シイフさんが首を傾げた。
「どうしたの?」
「いえ、さっきのホーンラビットなんだか変な様子じゃなかったですか?」
「……そうだったかな?」
俺が皆に問いかけるが、皆は首を傾げるだけだ。
……俺の勘違いだろうか。
改めて、視覚強化を発動する。
……やっぱりダメだな。木々が邪魔で見えない。
俺も解体を再開しようとしたときだった。
木が勢いよく倒れた。
根っこから蹴り壊されたその木のそばには、ラビットカンガルーがいた。
「……ラビットカンガルーまだ残ってたのか!」
ウォリアさんが斧を構えると同時、駆け出す。
その援護をするようにラシンさんも槍を持ち、駆け出した。
だが、次の瞬間だった。
ラビットカンガルーの体がぶれた。
一瞬でウォリアさんとの距離をつめ、その体を蹴り飛ばした。
「ぐああ!?」
勢いよく弾かれたウォリアさんが、背中から地面に落ちる。
よろよろと首をあげたが、ウォリアさんはそれで意識を失ってしまったのか、ことりと、倒れた。
「ウォリア!? 何が……はやいっ!」
ラシンさんが槍を振りぬくが、すでにそこにラビットカンガルーはいない。
ラビットカンガルーの目がぎろりとラシンさんを捉えると、その体を蹴り飛ばした。
「ラシン……っ!」
チユさんが目を見開いてそちらへと駆けよる。
血を吐きながらラシンさんがチユさんを見ていた。
「ち、チユ……っ! に、にげなさい! こいつ、ただのラビットカンガルーじゃ!」
そう叫んだラシンさんにチユさんがびくりと足を止める。
だが、その眼前にはラビットカンガルーがいた。
ラビットカンガルーが足を振りぬき――それより先に俺がチユさんを抱きかかえるようにして、飛び込んだ。
チユさんとともに俺は倒れこみながら、一撃をかわす。
ラビットカンガルーが追撃してきたが、俺はすぐに立ち上がり、その一撃をかわし、剣を振りぬいた。
しかし、見られた。俺の剣を見て、すかさずラビットカンガルーは下がったのだ。
……反応はもちろんだが、攻撃に転じていた体を一瞬で回避に移行させるその身体能力は、やはり魔物なだけあって異常だ。
「シイフさんっすぐに、ウォリアさんを連れてチユさんとともに避難してください!」
「う、うん……!」
「チユさんはラシンさんを! ポーションとスキルで二人を回復させてあげてください!」
俺が取り出したポーションを四つ、チユさんに渡してからすぐにラビットカンガルーに駆け出す。
ラビットカンガルーは逃げようと動き出した二人を一瞥した。
だが、俺が剣を振りぬくとラビットカンガルーは狙いを俺に変えた。
「ガア!」
吠えると同時、ラビットカンガルーが蹴りを放ってきた。
その太ももには、魔鉱石が見えた。
……やはり、そうか。
ラビットカンガルーの一撃をかわしながら、その魔鉱石を分析する。
――ミスリル。
表示された文字に、俺は驚くしかない。
まさか、ここでその魔鉱石を見ることになるとは。
それに、口にした魔鉱石によってラビットカンガルーの能力は跳ね上がるともリニアルさんは言っていた。
……まだ何とか動きにはついていけている。
「れ、レリウスさん! 全員逃げる準備が整いました!」
チユさんが叫ぶ。ちらと見ると、ラシンさんも傷が治っているようですでに自分の足で動いていた。
「誰かがここで、足止めする必要があります」
「で、でも!」
「いいから、早く逃げてください!」
本当に早く逃げてほしい。
そうでないと俺の戦闘にも制限がかかるんだからっ。
チユさんたちは顔を顰めたあと、すぐに動き出す。
……よし。
ラビットカンガルーの振りぬいた蹴りをなんとかかわした俺は、軽く息を吐いた。
「さて……やるか」
俺は剣を取り出し、ラビットカンガルーに投げつける。
それはかわされたが、別にいい。
その剣には、スキルが付与されている。
自分の身体能力をあげる。
ラビットカンガルーの攻撃をかわしながら、新たな剣を取り出した。
投擲した剣はかわされたが、それでも段階的に俺の能力は向上していく。
だが、俺の速度にあわせ、ラビットカンガルーも加速していく。
……こいつ、まだまだ速くなれるというのか。
俺はラビットカンガルーに何度も剣を振りぬいていくが、ラビットカンガルーはそれもかわしていく。
そして一番厄介なのは、このラビットカンガルーが賢いということだ。
俺が速度重視にしたのを見切り、ラビットカンガルーもまた攻撃を細かく、連続で叩き込んでくる。
見事、だな。
すでにこの場には三十本ほどの剣が地面に突き刺さっていた。
それらを無視して、ラビットカンガルーは俺へと突っ込んでくる。
……速いな。
俺は賭けるように大振りを放つ。
カウンター気味に放ったその一撃だったが、ラビットカンガルーはそれさえも見切っていた。
隙だらけとなった俺の体に、力のこもった蹴りをぶち当ててきた。
腹に直撃した。肺の中の空気が一瞬で吐き出され、骨がきしむ。
痛みが腹から胸のほうへと駆けあがる。
弾き飛ばされながら俺は、突き刺さる剣の中にいたラビットカンガルーを見る。
……罠の設置は完了だ。
呟くように、俺はそのスキルを口にした。
「――ウェポンブレイク」
瞬間、周囲が爆発した。






