第4話 能力
リンとの別れはあっさりとしたものだった。
後日、教会の人間が宿屋に来て、事情を説明した。
リンの両親はリンがやる気なら、と強く引き留めることはしなかった。
しても無駄というのは分かっていたからだ。
リンはこれから、学園に入学し、知識、戦闘に関しての指導を受けるらしい。
一つだけ安心できたのは、今年の勇者が他にも四人いたということ。
そういうわけで、国の偉い人たちは大盛り上がりだそうだ。
……まあ、俺には特別何か関係するわけでもなかった。
リンに関しての話題は、初めの一週間ほどは盛り上がっていた。
宿に訪れる冒険者たちが決まって彼女の話題をあげていたが、それだって今はもう落ち着いた。
俺もいつものように宿屋の仕事を手伝う生活に戻っていった。
リンがいなくなったことで、少しだけ仕事が大変になったのだが、それも新しいバイトの人を雇ったことで解決した。
新しく入ったバイトは、女性で名前はメアという。獣人族の子で、年齢は十五歳。
可愛らしい人で、すぐに宿屋の看板娘になっていた。
今までリンがこなしていた場所におさまったのを見て、案外替えってきいてしまうんだなと思った。
今日は非常に忙しい。
食堂に訪れる冒険者が随分と多い。というのも、リンという勇者がいた宿屋ということで、ちょっとばかり人気になっていたのもある。
客が帰ったテーブルの掃除をしていた時だった。
メアさんの悲鳴が聞こえて顔をあげる。
メアさんが皿を落としてしまったようで、床に皿が散らばっていた。
急いで掃除しないといけないが、メアさんは慌ててしまっているようだった。
「メアさん、掃除は俺がやっておきますから、あちらのテーブルを片付けておいてください」
「あ、ああ! す、すまないぃぃ!」
メアさんはぺこぺこと何度も頭を下げ、急いだ様子でそちらに向かった。
俺が掃除道具を取りに行って、大きな破片を掴んだ時だった。
『クリエイトハンマーを用いて破壊可能。新たに皿を作製可能になります』
なんだ?
俺は突如として聞こえた声に、首を傾げる。
周囲は騒がしい冒険者しかいない。
わからないが、神器のことだよな? これを使えってことか?
ハンマーを取り出し、破片を叩いてみた。
すると、再び声が聞こえた。
『素材、皿の破片に接触、回収しますか?』
俺にわざわざ声をかけた人はいない。
……間違いなく、頭の中で響いているな。
『皿の破片を回収しますか?』
わからないが、回収してみようか。
俺がハンマーで触れると、皿の破片が消えた。
……これは、触れれば全部できるのだろうか?
俺は試しに他の破片にも触れてみる。
すると、すべての破片がどこかへと消えてしまった。
……わけがわからない。
ただまあ、掃除が楽に済んだのでよしとしようか。
その日の仕事が終わったのは、それから一時間後だ。
食堂はすっかり静かになり、俺は後片付けをしていた。
食堂の掃除をしていると、一緒になったメアさんが犬耳と尻尾を揺らしながら、頭を下げてきた。
「れ、レリウス! 今日は本当に助かった! ありがとう!」
「あのくらいは別にいいですよ。ただ、気を付けてくださいね」
「あ、ああ! ……本当に、すまなかった」
ぺこぺこと何度も頭を下げるメアさん。
……そういえば、あのときは気にしていなかったが、あの皿の破片たちはどうなったのだろうか?
『皿の破片を用いて、皿の作成を行いますか?』
……え?
再び、あのときの声が聞こえた。
この場にはメアさんしかいなく、彼女は必死になって食堂の掃除をしていた。
ということは、やはり俺の中にある何かが原因なんだろう。
皿の作成……よくわからないが、やってみるか。
俺がその声に従うようにお願いすると、次の瞬間、脳内で一枚の皿が出来上がったのがわかった。
……な、なんなんだこれは?
俺はその皿を取り出せるのか考えてみると、目の前に一枚の皿が現れた。
……それは、店で使っている皿そのものだった。
俺が首を傾げていると、メアさんがこちらに気付いた。
「うん? それはどうしたんだ?」
「あー、いや。その。皿がたまたま残ってたんです。ちょっと片付けてきます」
「あ、そうなのか? それと……残りの掃除は私がしておこう。レリウス。先にあがっても大丈夫だぞ?」
「本当ですか? それじゃあ、お願いします」
普段なら最後まで一緒にやるが、ちょっと気になることができてしまった。
俺は道具を片付けた後、部屋へと戻る。
可能性があるとすれば……間違いなく、この鍛冶師、だよな?
リンのごたごたとかであれから一切考えることのなかった鍛冶師。
……というか、考える必要がないと思っていた。
だって鍛冶師は世界でもっとも必要ない職業の一つだからだ。
俺はその鍛冶師について、頭の中で考えてみた。
『鍛冶師』
レベル1 1/10
……なんだこれは?
今までこんな表記はなかったはずだ。
数値の意味はよく分からない。
俺が首を傾げながら周囲のものを見たときだった。
「なんだこりゃ!?」
思わず声をあげたくなった。
部屋にあったものに、作成可能、作成不可能の文字が出てきたからだ。
今座っているベッドなどの大きなものはすべて作成不可能、ただし枕程度なら作成可能。
他にも基本的に小物はすべて作成可能なようだった。
ただし、条件が二つあるようだ。
一つは、すべてクリエイトハンマーで一度破壊する必要があること。
もう一つは材料となる素材が必要なようだ。
作成できるものを見ると、必要な素材も書かれていた。ただ、破壊したものを素材として分解することもできるようなので、一度破壊してしまえば問題ないようだ。
俺は視界を埋め尽くすそれらの文字に頭が痛くなってきた。
「……もう少し、見やすくできないのか?」
俺が作成したいと思ったものだけを認識するとかさ。
そんな風に思った瞬間、俺の視界から大量の文字が消えた。
まさか――。
作成しようと思って、手に持ったままの皿に視線を向ける。
……作成可能、という文字が出現する。
さっきよりずいぶんと見やすくなった。