第八章ー1
筑梨茜には、最初から全て見えていた。
第三高校の参謀であり、金牧樋春の右腕でもある彼女は、当然、透香たちと戦うにあたり、対策を立てていた。
普段は裏方に徹し、前線に出ることのない彼女も、万が一に備えて体育館のすぐ近くで待機していた。
茜の能力は『造り師』。
どのようにできているのか仕組みが分かっており、なおかつ、一部でも原材料があれば、自由に造りたいモノを生み出すことができる能力だ。
例えば、僅かでも繊維があれば、防弾、防刃の改造制服を生み出すことができたり。
例えば、その大きさに見合う金属片があれば、閃光弾を生み出すことができたり。
例えば、スマホなどの通信機を応用し、独自の小型連絡用ツールを生み出すことができたり。
茜の能力は汎用性が高く、前線にいるメンバーのサポート役として、樋春や、他の生徒会メンバーからも高い信頼を得ている。
その上、裏方でありながら、その洞察力、頭の回転の速さは、絶対強者たる樋春にも劣らぬ力を持っており、他校の生徒からは、あるいは樋春よりも厄介な相手だと思われていた。
そんな彼女は、なにがあっても対応できよう複数の作戦、対策を用意しており、樋春が透香たちと交戦を開始しても、焦ることはなかった。
まず、茜は樋春たちが体育館へ移動した直後に、小型カメラを搭載したドローンを飛ばし、内部の状況を把握していた。
結果。
樋春たちが不意を突かれた謎の少女も、カメラを通じて、最初から視認することができていた。
茜は、その鋭い観察眼で、樋春たちが少女の存在に気付いていないことを見抜き、少女の存在を事前に樋春へ伝えていた。
謎の少女が行動を起こした時も、冷静に対処できていた。
樋春は、茜から少女が近づいていることを知らされており、距離にしてほんの数ミリ、首を捻ることで致命傷を避けていた。
樋春は斬られた振りをしてその場に倒れ込み、全員が集まった隙を突いて、一網打尽にする算段を組み立てていた。
ここまでは、茜にとっても、樋春にとっても、予想された展開だった。
予想が崩れたのは、その後だった。
茜は、黒江の暴走を予想できていなかった。
前回の選定式で佳那が死亡した際、黒江が暴走したことは茜も認識していた。
しかしそれは、『死亡した時』だ。
確かに樋春は倒れたが、死亡していない。
例え判断しにくい状況だったとしても、いきなり暴走するとは想定していなかった。
そして、茜にとって予想外の事態は続く。
樋春の行動だ。
樋春が生きていることは茜も分かっていた。
黒江の暴走を見て、茜は焦りつつも、半分はまだ冷静だった。
樋春ならば、黒江の暴走すら利用し、透香たちの不意を突く方向にシフトするだろうと判断した。
黒江たち一年生を守ることにもなるし、透香たちに大打撃を与える一手にもなり得る。
茜はそう考え、この場面においても、自分が動こうとは思わなかった。
その予想は裏目に出る。
茜の予想に反して、樋春はただ単純に、黒江を守る行動を取った。
しかも、その一手は、綾乃と被ることとなる。
鉄球と大仏がぶつかり合い、互いが互いを弾き合い、行動自体が無意味なものとなってしまう。
樋春だけが動き、黒江を止められたとすれば、後方でも機転の利く綾乃が残る。一年生にどこまで期待するか、難しいところではあったが、樋春はそれを期待したのだろう。
逆に、綾乃だけが動き、黒江を止められていれば、樋春は倒れたままでいることができ、さらに透香たちの不意を突きやすくなった。
どちらであっても、状況を打開する形は取れた。
現実は、最悪だった。
黒江を止められなかったために、彼に視線が集中した。
茜も、もともと予想外だった黒江の動きに目を奪われ、少女の動きから目を逸らしてしまった。
ただ、これでもまだ、『万全の樋春』であれば、茜はなんとかなったと思う。
樋春が無茶を重ねていたことは、参謀として誰よりも分かっていたつもりだった。
それでもまさか、立ち上がるどころかその場から動けなくなる程だとは思っていなかった。
茜が想定し、仕掛けていた数々の作戦、トラップは、結局、使う間も与えられなかった。
「すまない。任せた」
声は聞こえなかった。
誰に向けて言ったのかも分からない。
でも、口元からはそう読み取れた。
謝罪の言葉を遺して。
茜にとって、何ものにも代えがたい――
最愛の友人が、絶命した。




