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コドクの学園  作者: 初雪奏葉
幕間
97/131

握った手

 握り締めた綾乃の手は、ひんやりと冷たく、震えていた。


 そしてなにより、小さかった。


 その感触には覚えがあった。

 誰よりも尊敬し、誰よりも強く、誰よりも優しかった――そんな最愛の姉が亡くなった後。


 遺体の手を握った時と、同じ感覚だった。


「クロ?」


 無意識のうちに手に力が入っていた。

 戸惑う彼女に「ごめん」と返す。

 綾乃は泣き顔のまま、首を振る。

「……」

「……」

 それから暫く、言葉はなく。

 綾乃が鼻をすする音だけが響いた。

「あのね、クロ」

 十五分ほど経ち、綾乃が改めて口を開く。

 泣きはらした頬が赤く染まっていた。

「なに?」

「変なこと聞いてもいい?」

「……?」

 首を傾げてみせると、綾乃は「ええと」と、さらに言い淀んでから。


「もしこの先、また誰かが死んで、どんどん死んでいっちゃって、独りぼっちになったとしたら……クロはどうする?」


 その問いに対して、黒江は反射的に「はあ?」と答えてしまう。

 考えたくもない問いだった。

 少し口調がきつくなってしまう。

「綾乃、そんなこと――」

「もしも! もしも、の話だよ。……ほら、私、今まで自分が生き残るために頑張って来たでしょ? でも佳那が死んで、いろいろ考えたの。なんか、違うのかなって」

 繋いだ手に、力がこもる。

 手を通して、今までとは違う種類の震えが伝わって来た。

 彼女の手は、指先まで冷え切っていた。

「クロはお姉さんのこととか、いろいろ考えてるでしょ? ヒロも、樋春さんの目標に心から賛同して、信念を持って選定式に臨んでると思う。けど、私は――」



「いや、別にいいでしょ」



 黒江は綾乃の不安を断ち切るように、言葉を遮った。

「生き残ることが最重要課題だっていうのは、俺も博也も変わらないよ。そこに、少し別の理由が付いているだけで、むしろ変なことを考えずに『生き残るんだ!』って強く思っている綾乃の方が、余程、潔いと思うけど」

「でも」

「でもじゃなくて」

 黒江はきっぱりと言う。

「佳那のこともあったし、不安になるのは分かるよ。もしかしたらこれからも同じようなことが続くかもしれないって、俺だって頭の片隅では想像してる」

 黒江は自分でも不思議なくらい、はっきりと言葉を紡いでいた。

 綾乃の手を強く握り返す。

 彼女の胸に満ちている恐怖が、少しでも和らぐように。

 冷たい手に、僅かでも熱が戻るように。


「次の選定式、俺も綾乃も、博也も会長も、誰一人死なせず、みんなで一緒に乗り切ろうよ。不安だからって、そればかり考えていたら、余計、悪い結果になりそうじゃん? ポジティブにいこうよ」


 綾乃らしくないよ、と付け足す。


 握った手が、思った以上に冷たくて、小さくて。


 姉の手を握った時を思い出した。


 一歩を踏み出す勇気が足りないとずっと思ってきたし、実際、そういう節はある。

 生まれた時から優秀な姉に守られて、勉強も運動も、マナーも人付き合いも、ほとんどのことを姉から学んできた。

 心の底から尊敬していたし、誰にでも自慢できる存在だった。

 それで良いと思っていた。

 それが当たり前だと思っていた。

 けれど。


 姉を亡くして、初めて自分の愚かさに気付かされた。


 今度は自分が……などと、思い上がるつもりはない。

 結局は生き残りたいだけで、仲間を失いたくないだけだ。

 姉のようにできないことは分かっている。

 そんなことは一番近くにいた自分が、一番よく分かっている。

「うん。……そうだね」

 隣にいる少女は一つ頷き。

 微かに、笑顔を取り戻す。

「じゃあ、必殺技、考えよっか?」

「は?」

「いや、樋春さんも言ってたけど、生き残るためには、やっぱり必要だと思うんだよね、必殺技」

「……別にいいけど。この話の流れでそこにいく?」

 目を瞬かせて返すと、彼女はへへっと笑って見せる。


「だって、そっちの方が私っぽいでしょ?」


 その笑顔は眩しくて。

 いつの間にか、手の震えは止まっていて。

 黒江は「はいはい」とてきとーに返事をして、あれこれと彼女の話に付き合う。


 姉のように、一から十まで全て見ることはできなくても。



 ――せめて、命を守るくらいは……。



 黒江は、もう一度、ぎゅうっと綾乃の手を握り。


 思った以上に強い力で返されて。


「痛いわこの馬鹿!」

「そっちこそ!」


 笑い合って、手を離した。

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