握った手
握り締めた綾乃の手は、ひんやりと冷たく、震えていた。
そしてなにより、小さかった。
その感触には覚えがあった。
誰よりも尊敬し、誰よりも強く、誰よりも優しかった――そんな最愛の姉が亡くなった後。
遺体の手を握った時と、同じ感覚だった。
「クロ?」
無意識のうちに手に力が入っていた。
戸惑う彼女に「ごめん」と返す。
綾乃は泣き顔のまま、首を振る。
「……」
「……」
それから暫く、言葉はなく。
綾乃が鼻をすする音だけが響いた。
「あのね、クロ」
十五分ほど経ち、綾乃が改めて口を開く。
泣きはらした頬が赤く染まっていた。
「なに?」
「変なこと聞いてもいい?」
「……?」
首を傾げてみせると、綾乃は「ええと」と、さらに言い淀んでから。
「もしこの先、また誰かが死んで、どんどん死んでいっちゃって、独りぼっちになったとしたら……クロはどうする?」
その問いに対して、黒江は反射的に「はあ?」と答えてしまう。
考えたくもない問いだった。
少し口調がきつくなってしまう。
「綾乃、そんなこと――」
「もしも! もしも、の話だよ。……ほら、私、今まで自分が生き残るために頑張って来たでしょ? でも佳那が死んで、いろいろ考えたの。なんか、違うのかなって」
繋いだ手に、力がこもる。
手を通して、今までとは違う種類の震えが伝わって来た。
彼女の手は、指先まで冷え切っていた。
「クロはお姉さんのこととか、いろいろ考えてるでしょ? ヒロも、樋春さんの目標に心から賛同して、信念を持って選定式に臨んでると思う。けど、私は――」
「いや、別にいいでしょ」
黒江は綾乃の不安を断ち切るように、言葉を遮った。
「生き残ることが最重要課題だっていうのは、俺も博也も変わらないよ。そこに、少し別の理由が付いているだけで、むしろ変なことを考えずに『生き残るんだ!』って強く思っている綾乃の方が、余程、潔いと思うけど」
「でも」
「でもじゃなくて」
黒江はきっぱりと言う。
「佳那のこともあったし、不安になるのは分かるよ。もしかしたらこれからも同じようなことが続くかもしれないって、俺だって頭の片隅では想像してる」
黒江は自分でも不思議なくらい、はっきりと言葉を紡いでいた。
綾乃の手を強く握り返す。
彼女の胸に満ちている恐怖が、少しでも和らぐように。
冷たい手に、僅かでも熱が戻るように。
「次の選定式、俺も綾乃も、博也も会長も、誰一人死なせず、みんなで一緒に乗り切ろうよ。不安だからって、そればかり考えていたら、余計、悪い結果になりそうじゃん? ポジティブにいこうよ」
綾乃らしくないよ、と付け足す。
握った手が、思った以上に冷たくて、小さくて。
姉の手を握った時を思い出した。
一歩を踏み出す勇気が足りないとずっと思ってきたし、実際、そういう節はある。
生まれた時から優秀な姉に守られて、勉強も運動も、マナーも人付き合いも、ほとんどのことを姉から学んできた。
心の底から尊敬していたし、誰にでも自慢できる存在だった。
それで良いと思っていた。
それが当たり前だと思っていた。
けれど。
姉を亡くして、初めて自分の愚かさに気付かされた。
今度は自分が……などと、思い上がるつもりはない。
結局は生き残りたいだけで、仲間を失いたくないだけだ。
姉のようにできないことは分かっている。
そんなことは一番近くにいた自分が、一番よく分かっている。
「うん。……そうだね」
隣にいる少女は一つ頷き。
微かに、笑顔を取り戻す。
「じゃあ、必殺技、考えよっか?」
「は?」
「いや、樋春さんも言ってたけど、生き残るためには、やっぱり必要だと思うんだよね、必殺技」
「……別にいいけど。この話の流れでそこにいく?」
目を瞬かせて返すと、彼女はへへっと笑って見せる。
「だって、そっちの方が私っぽいでしょ?」
その笑顔は眩しくて。
いつの間にか、手の震えは止まっていて。
黒江は「はいはい」とてきとーに返事をして、あれこれと彼女の話に付き合う。
姉のように、一から十まで全て見ることはできなくても。
――せめて、命を守るくらいは……。
黒江は、もう一度、ぎゅうっと綾乃の手を握り。
思った以上に強い力で返されて。
「痛いわこの馬鹿!」
「そっちこそ!」
笑い合って、手を離した。




