第七章ー15
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足が痛む。
ズキズキと耐えようのない痛みを訴えて来る。
前回の選定式で痛めた箇所から、また、大量の血が流れていた。
解けた黒髪が頬に張り付き、氷の刃でズタズタにされた手や顔から、血が流れている。
防刃仕様のおかげで貫通こそしなかったが、虎の子の改造制服も、あちこち裂けてしまっている。
満身創痍。
完勝とは程遠い。
それでも彼女は、雄々しく、凛々しく、勝者として、立っていた。
「終わりだ」
二年に渡り、張り合ってきたライバルの首を締めあげる。
「透香――」
「動くな龍海!! 動けば、即、折る」
透香の窮地に気付き、駆け寄ろうとしてきた男を制する。
龍海に遠距離攻撃はない。ない、が、自分たちのように閃光弾、もしくは重火器を持っている可能性も否めない。
二年間もの間、透香を守り続け、イージスの盾とまで呼ばれた男を、甘く見るつもりはない。
ちらっと視線を向けると、一年生たちも、なかなかに酷い状況だった。
綾乃は改造制服が破れ、原形を留めていない。中に着ていたブラウスのボタンも弾け飛び、下着が露出している。
龍海の攻撃を受け続けても一歩も引かず、必死に時間を稼いでいたのだろう。
そんな彼女の隣にいる黒江も、彼女ほどではないが、なかなかのあり様だ。
やはり改造制服はボロボロに千切れており、あちこち痣ができている。内臓を痛めて血を吐いたのか、それともどこかに傷を負ったのか、あちこちべっとりと血がついている。
自分も大概だが、一年生たちも満身創痍なのは変わらないようだった。
心の中で労い、視線を目の前の仇敵へと戻す。
「なにか、言い残すことは?」
「ぁっぅ……」
「お、そうか。首が締まっていたら喋れないか」
樋春はほんの少しだけ、手の力を緩める。
油断も慢心もない。
この期に及んであがくようなら、即、首を折る。
その覚悟は、とっくの昔にできている。
できていないなら、ここまで辿り着いていない。
――二年以上の付き合いだからな。
敵であれ味方であれ、この世界で、何年間も顔を合わせる相手というのは希少な存在だ。
知らないうちに誰かに殺されるか、最後の言葉すら聞けないまま殺されてしまう者が非常に多い。
恨みでも、怒りでもなんでもいい。
最後の言葉くらいは聞いてやろうと、手を緩めた。
透香はゲホゲホとむせ込み、それから口を開く。
「勝つ覚悟、とはよく言ったものだね……。下手をすれば死んでいたんだよ?」
「だが、勝った。それが勝敗の差だ」
そうかもね、と透香は頷く。
「ボクは、勝つためには確率が大切だと思っている。リスクを背負ってでも前に出なければならない場面は、確かに存在する。その時、その選択で勝てるかどうか、確率を考えるんだ。……その点、君のそれは、無茶苦茶だった。だから、計り切れなかった」
透香は弱々しく笑う。
樋春は、初めて聞くその言葉に納得した。
相手を自身の土俵へ引きずり込む戦闘スタイルは、常に、勝てる確率の高い方を選択しているがための強さだったのだ。自分が勝てる選択をし続ければ、すなわち、最強となる。
反面、その強さは、あえて分の悪い賭けに出る相手にどう対応するのか、苦慮するだろうな、とも思う。
今回、樋春は自分が傷つくことが分かっていながら前へ出た。樋春にとってそれは賭けであり、どこかで死ぬ可能性もあった。透香もそれが分かっていたからこそ、そのまま攻撃を続けたし、無理に戦法を変えなかったのだろう。
しかしその行動こそ、樋春にとっては勝利の鍵となる。透香が無理をして来ないと読んでいたから、樋春は勝利をもぎ取れた。もし、透香も同じく、賭けに出ていたら、勝敗は変わっていたかもしれない。
「言いたいことはそれだけか?」
「そうだね、今更、特に言いたいこともないよ」
透香は目を閉じる。
落ち着いた表情だった。
死の時を悟った、穏やかで、悔いがないという顔だった。
「さらばだ。ハデス、虹沢透香」
彼女の二つ名を呼び、最大の敬意を払って、樋春は手に力を込めた。
「うん、バイバイ、天誅、金牧樋春」
そうして。
絶対強者同士の激戦は、幕を閉じる。
「秋奈」
「はい」
透香が誰かの名前を口にして。
天誅、金牧樋春が崩れ落ちた。




