第七章ー14
「気持ち悪い……。なんなのもう!」
鬼の形相で接近してくる樋春に、透香はついに後退した。
が。
待っていたのはその行動だ。
改心の笑みが漏れる。
無理をして前へ出れば、透香が下がるのは予想できていた。
勝負所でもないのに、勝手に無茶をして自滅してくれるのであれば、願ったり叶ったりだろう。彼女からすれば、樋春に合わせて無理をする必要などない。
これがもし、相手に合わせて迎え撃つタイプの人間ならば、退いたりはしない。無理をしてくる相手に合わせて、自分も勝負所だと腹をくくる。
リスクを見極め、より有利な方へと誘導する透香だからこそ、絶対に退いてくると、樋春は予測していた。
「捕まえた」
無茶をすれば、透香の視線が自分に集中するのも予想通り。
透香の背後には、既に三メートル級の大仏が三体控えている。
「あっ!?」
じりじりと後退し、距離を取ろうとした透香だったが、大仏にぶつかり、思い通りに動けない。
「――っ!」
透香が次に見据えるのは、
「それしかないよな?」
正面から向かってくる樋春……の、横。
背後を塞いでも、正面には樋春一人しかいない。
透香の神速なら、樋春の脇をすり抜けることもできるだろう。
だから、そこにも配置する。
大仏操作、フル稼働。
樋春の左右に、それぞれ三メートル級の大仏が出現する。
あるいは、黒江の身体強化なら、大仏の攻撃を躱してすり抜けることができるかもしれない。
しかし、透香の神速ではそんな精密動作はできない。
大仏に激突すれば、即死の危険すらある。
「なら、上――」
「悪いがそこにも抜け道はないよ」
全て、予測の範囲内だった。
氷を宙に浮かせて足場にしたり、狼を出現させてそれに捕まったりと、無理やり上空へ退避する方法もあるだろう。
――これまで、どれほど殺し合ってきたと思ってる!
透香の攻撃を防ぐために上空へ大仏を設置したのは、単なる防御のためだけではない。
こうなった時、上空への退路を断つためのものでもある。
「来いよ、透香」
最後に残された逃げ道は――
「……真っ向勝負なら勝てるとでも?」
指をくいくいと曲げて誘う樋春に、透香は突っ込む。
背後、上空、左右、全ての退路を塞がれた透香は、真っ向勝負に応じるしかない。
樋春に油断はない。
真っ向勝負に持ち込んだからとて、勝てるわけではない。
単なる近接格闘なら有利でも、そこに能力が絡めば互角。
能力だけの勝負なら、むしろ透香に分がある。
では、どうするか。
コツン。
と。
透香が樋春に接近し、避けようがないタイミングで。
樋春のすぐ横にいた大仏の手から、球体のナニカが落ちる。
樋春はその場で反転し、顔を背け、目を閉じる。
「閃――っ」
背後で透香が何事かを呟いた気がしたが、言い終える前に。
閃光弾が、弾けた。




