第七章ー8
「ではっ!」
龍海が地面を蹴り、飛び出す。
「――なんて、馬鹿正直に戦うわけないでしょ!」
綾乃は背後へステップを踏み、同時に龍海の目の前十センチの距離にまたも鉄球を出現させる。
「くどいですよ」
龍海は顔を僅かに横へ振り、躱そうとするが、
「むっ」
鉄球が、顔の前から離れなかった。
綾乃が龍海の動きに完璧に合わせ、鉄球を動かしていた。
龍海の足が止まる。
「私はクロみたいに正面から戦う気はないからね」
綾乃は不敵に笑うと鉄球をさらにもう一つ出現させ、龍海の目の前へ配置する。
「いくら武道の達人でも、目を封じられたら何もできないでしょ?」
「……ええ、まあ確かにその通りですが、封じられたら、の話ですよね?」
「封じられますよ?」
綾乃はどこまでも挑戦的だった。
樋春に似ている雰囲気すら感じられる。
「ふう」
龍海は呼吸を整えて。
「はっ!」
右へ左へ、顔を動かし体を揺らし、鉄球を翻弄する。
フィクションの世界では、相手の気配を感じて動いたとか、そんな話をよく聞くが、現実世界ではそうもいかない。視界を完全に封じられた状態で相手の動きを百パーセント把握し、対処するなど不可能だ。
時間を稼ぐ必要がある中で、綾乃は勝てないまでも、最低限やるべき最適解を導き出していた。
「凄い」
起き上がれないながら、その様子を見ていた黒江は感嘆の息をこぼす。
綾乃は龍海の動きを読み切り、鉄球を操る。
龍海は時にゆっくりと、時に激しく体を揺らすが、目の前にぴったりと張り付いた鉄球が一向に離れてくれない。
体を動かし続けるだけでもスタミナは削られる。
龍海は苛立ちを隠せず、次第に動きが荒っぽくっていく。
「ならば!」
ついに龍海がしびれを切らす。
左右に動くのではなく、真正面へ突っ込んだ。
鉄球に当たってもダメージはないため、あえて距離を縮めることで少しでも綾乃にプレッシャーがかけられれば……という意図なのだろう。
綾乃はそれすら読んでいる。龍海の動きに合わせて後ろへステップを踏み、間合いを詰めさせない。
「――なんて、馬鹿正直に突っ込むと思いましたか!」
さっきの意趣返しのつもりか、龍海は同じ台詞を言い放ち、急ブレーキをかける。
「――っ!」
綾乃はそれでも龍海の動きに合わせるべく鉄球を操作するが、この動きは想定になかったのか、微妙にズレが生じてしまう。
鉄球が目の前から離れた隙を逃さず、
「まだ甘いですね」
龍海は今度こそ、本気の突進を仕掛ける。
鉄球は完全に引きはがされ、龍海の視界が開けた。
間合いが潰され、綾乃は接近戦を余儀なくされる。
「ほう?」
綾乃は無理に攻撃しなかった。
両腕を立て、受けの体勢を取る。
龍海は構わずガードの上から拳を突き立てるが、守りに徹した相手から直撃を取るのは難しい。
それに――。
「良い目ですね」
綾乃はガードの隙間から、龍海を睨み付けていた。
隙があればいつでも攻撃に転じるぞ、と目だけで語っている。
もともと、綾乃は素の格闘技術なら黒江にも劣らない力を持っている。迂闊に踏み込めば、龍海とて思わぬ落とし穴にはまる可能性はある。
「はっ!」
龍海がくるっと半回転し、上段蹴りを放っても綾乃は隙を見せなかった。強烈な蹴りを防ぎ切る。
「なるほど。これは堅い」
「どうも」
受け続けるだけでは勝てないが、動じず、全てを受けきる綾乃の姿勢は不気味でもある。攻める方も気が抜けない。




