第七章ー3
「よっと」
透香はその攻撃を、またも瞬間移動を彷彿とさせる動きで簡単に回避する。
虹沢透香は、能力を二つ持っている。
樋春からそう聞いた時は耳を疑ったが、実際に目の前で見せられると認めるしかない。
瞬間移動にも見える『神速』を実現させる能力と、氷を操る能力だ。
樋春の説明によると、氷を操る能力は、漫画やアニメなどでもよく見るような、『出現』と『操作』をどちらも行える万能型の能力らしい。考えるまでもなく強力な能力と言えるだろう。
そして神速の方は、黄色――雷をイメージした能力とのことで、黒江の身体強化と全く違う。
黒江の身体強化は、体全体が強化されるため、そのまま体当たりしても自分には必要以上のダメージはなく、必殺技になり得るが、透香の能力の場合、そうはならない。透香の能力は、自分の力で走っているのではなく、瞬間的に力を爆発させ、限界ぎりぎりの力を無理やり引き出している。結果、走っている途中で他のものにぶつかると、自分自身にも大ダメージが返って来る、諸刃の剣の能力でもある。
とはいえ、熾烈な生存競争を生き抜いてきた透香が、簡単にそんなミスを犯すはずもなく。
攻守万能な能力と、一点突破を狙える能力を持っている透香は、能力だけで他者よりも上にいる存在だ。
「樋春、勝負をつける前に一つ聞いていい?」
戦いの最中でありながら、透香は余裕の表情で口を開く。
「樋春は、戦闘で勝つために一番大切なことってなんだと思う?」
思いの外、真剣な声音だった。
「なんだ突然?」
心理的な揺さぶりか、それとも他になにか理由があるのか、樋春は警戒の表情を浮かべるが、透香は「まあいいから答えてよ」と軽い調子で言う。
樋春は面倒くさそうにしつつも応じる。
「精神面か? 肉体面か? 質問が曖昧すぎて答えに困るのだが?」
「なんでもいいよ。思い付いたことを答えてくれればいいから。能力を扱う技術でも、肉体的な強さでも、戦いへの姿勢でも、本当になんでもいいよ」
「……?」
樋春はさらに怪訝な表情を浮かべる。が、透香の様子を見る限り、悪意を持っている風にも感じられない。
どうしてこのタイミングで質問するのか謎ではあったが、特別、答えない理由もなかった。
「そうだな……」
樋春は手を顎に当て、思案し、答える。
「強いて言うなら、覚悟、かな」
その心は、と透香はさらに投げかける。
「指標となるから、だな。……戦闘において、『技術』や『知識』を身に付けることは大切だ。否定する者はいないだろう。有る者と無い者では、生存率が大きく変わる」
「じゃあなんで、それじゃないの?」
「生き残るためではなく、『勝つため』だろう?」
さらりと樋春は言う。
「死ぬ覚悟を持つことの方が容易い。諦めるしかないと悟った時、人は『自分では無理だ』と思い、簡単に死を覚悟する」
二人の会話から、黒江は初めての選定式を思い出す。
逃げ切った先で、巨大な木人が出現し、死を覚悟した。自分たちではどうしようもないと、それこそ『簡単に』死を覚悟できた。




