第六章ー17
「ぐ――げほっ!」
即死は免れたらしく、落ちた床で赤之城は咳込む。
その口からは血が零れた。
骨が折れたか、内臓が損傷したか。
戦闘続行不可能なほど、深刻なダメージを受けたことは明らかだった。
「で、なにが弱点だって?」
樋春が再度、赤之城へ問う。
ポニーテールが、満足気に揺れていた。
「強い……」
「さすがだな」
「やっぱりあの人は格が違うよ」
終わってみれば、僅か数分の圧勝劇だった。
赤之城は、強かった。
自身の能力をきちんと使いこなしていたし、戦闘におけるその場での対応力、発想力も高かった。
樋春の大仏を破壊したのも大きいだろう。
一度目の選定式で爆破能力を操っていた大剣使いも大仏に傷をつけていたが、赤之城は完全に足を破壊してみせた。
この差はとてつもなくでかい。
赤之城は、確かに強かった。
相手が樋春でさえなければ、これからも生き残れていただろう。
「さて、と。なにか言い残すことはないかい?」
余裕の表情で樋春は赤之城の傍に立つ。
「ふん。負けは負け、だ。潔く受け入れるさ」
げほげほと血を吐きながら、赤之城は答える。
「そうかい。なら」
樋春は二メートルほどの大仏を出現させる。
赤之城の頭に大仏の足を踏ませ、
「グッバイ」
力を入れる。
ぐぐぐ、と赤之城の頭が押しつぶされ――
「なんて、言うと思ったか!」
押しつぶされる寸前、赤之城の拳が体育館の床を撃つ。
体育館の床が衝撃波で破壊され、大仏がバランスを崩した。
赤之城は立ち上がる。
血反吐を吐きながら、最後の力を振り絞る。
驚異的な精神力、強靭な肉体が、赤之城の体を支える。
「破っ!!」
驚く樋春めがけて拳を突き出し、渾身の一撃を放った。
「……っ!」
放ったが、衝撃波は樋春には届かなかった。
五メートルの大仏に蹴り飛ばされて、それでもなお、立ち上がる精神力は凄まじいものがあるが、裏を返せば、気力で立ったに過ぎない。
「そうでなくてはな。良い戦いだったぞ」
先ほどと同じように、樋春は赤之城の拳より前へ移動することで回避。カウンターで、鳩尾へ拳を突き刺していた。
「く……そ……っ!」
赤之城の体が崩れ落ち、今度こそ、完全に倒れ伏した。
「眠れ、気神」
樋春は大仏を出現させると、躊躇なく頭部を踏み潰し、絶命させた。
その瞳には、情の欠片もなかった。
真っ黒の瞳の奥には、深い闇が広がっている。
他者を殺し、のし上がって来た絶対強者――殺人者の瞳だった。
怖い、とは思わない。
黒江たちだって、あの領域に辿り着かなければならない。
辿り着かなければ、生き残れないのだ。
「……っ」
と、樋春が一瞬、顔をしかめた。
右足の太ももあたりを気にする素振りを見せる。
「綾乃、もしかして……」
「うん。たぶん完治してないんだろうね」
「あれだけの傷だぞ。二週間くらいで完治しないだろ」
他の二人も気付いたようだった。
前回の選定式で、樋春は大怪我をしている。
三人の前では痛がる素振りをほとんど見せなかったが、一時期、松葉杖をついていたほどだ。
相当深い傷であることは明白だった。
痛み止めは飲んでいるだろうし、今の戦闘を見ても、普通に動かせるくらいには回復しているのだろう。
本人もそれほど気にしている様子はなかったが、激しく動かせば、やはり痛みはあるのだろう。
「ねえねえ、傷って何の話? ボクにも教えてよ」
突然、背後から声をかけられ、びっくりする。
振り向くと、そこにいたのは――
髪の毛の色が、二色の少女。
「あれ、答えてくれないの? じゃあいいや」
構えを取る時間どころか、状況を理解する時間すら与えてくれず。
その少女――虹沢透香は、一番近くにいた博也を蹴り飛ばした。




