第六章ー7
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黒江はもう一度だけ「話したくないなら本当にいいんだけど」と念を押したが、「くどい」とばっさり切られてしまった。
二人は慰霊碑の前に並ぶ。
綾乃はなかなか喋り出さなかった。
佳那のことを思い出しているのか、慰霊碑を見上げ、目を閉じる。
黒江はその横顔をぼんやり眺め、綾乃が言葉を発するのをじっと待った。
「クロ」
二分ほどが経過して、綾乃が目を開ける。
「なに?」
「変なコト言ってもいい?」
心細そうな声音だった。
普段の彼女は、明るく元気で、芯の通った強い声を発している。
少し前にここで話した時も、彼女は笑っていた。
こんな彼女は初めて見る。
「変なこと?」
「うん。自分でも整理ができてなくて……」
捨てられた子犬が発するような、か細い声で綾乃は言う。
「いいよ。俺で良ければ、なんでも聞くよ」
「ん、ありがと」
お礼を言って。
慰霊碑を見上げたまま、綾乃は語る。
「この間、切り替えが早すぎるから、過去のことを忘れないように、慰霊碑に手を合わせているって話をしたよね」
「してたね。覚えてるよ」
佳那のことすら過去のことになっているから、と話していた。
衝撃的だったからよく覚えている。
「それは嘘じゃないの。初めての選定式を終えた日の夜、ぐっすり眠れたのも本当だし、これだけいろんなことが起こっているのに、次へ次へとすぐに切り替えられているのも本当のことなんだよ」
「それじゃあ、整理ができていないっていうのは……?」
「うん、それなんだけど……」
綾乃は、今日の雲と同じ、灰色の髪の毛を揺らして。
蚊の鳴くような声で、
「佳那が、夢に出て来るんだよ」
そう言った。
そのまま、なにか言い訳でもしているかのように、綾乃は早口に言葉を紡ぐ。
「自分では、割り切れているつもりなの。ヒロが佳那を亡くしてから『みんなで生き残ろう』って暑苦しく言っていることに対して、煩わしいって思ったのもホント。普通に過ごしていて、例えば、米粉パンを見る度に佳那のことを思い出すとか、なにかのタイミングでフラッシュバックして気分が悪くなるとか、そういうことも全然ない。ホントのホントに、大丈夫なつもりなの」
なのに、と言った綾乃の声は、震えていた。
「なのにね、夢に、佳那が出て来るの。最初の数日――一週間くらいは、そういうこともあるかもって思って、大して気にしてなかった。この前、クロと話した時だって、本心から話してたんだよ? それなのに、二週間も経つ今になっても寝る度に佳那が夢に出て来て、それで、それで…………」
宙に浮いたまま、綾乃の声はそこで途切れた。




