第六章ー4
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長い螺旋階段を上り、ようやくたどり着いた屋上で。
一人の少女が手を合わせていた。
黒江はつい先ほど、博也とともに寮へ帰宅したばかりだったが、すぐに寮を出た。
空を見上げると、曇り空が広がる。
明日は雨の予報だった。
選定式を迎えるにあたり、綾乃のことが気がかりだった。
今日も今日とて、彼女は「用事がある」と早々と帰っていった。
言葉も表情も、いつもと何一つ変わらなかったけれど。
『アイツ、本当に仕方ないって思ってんのか?』
先日の模擬戦で、博也が呟いた言葉が引っかかっていた。
以前、綾乃は自分が切り替えの早い人間だから、過去、あったことを『忘れないために』ここへ来ているのだと話していた。
本当に、そうなのだろうか。
綾乃は確かに切り替えが早い。
それは日々、一緒に行動してよく分かっている。
綾乃が話してくれたことを嘘だとも思わない。
でも、本当に『切り替えが早い』のなら、わざわざ毎日のように慰霊碑へ手を合わせに来るだろうか。
過去、起こったことを気にしているからこそ、訪れているのではないだろうか。
そんな風に思ってしまったら、黒江は気になって仕方なかった。
「あ、クロ」
綾乃がこちらに気付く。
「よっす。今日は驚かないんだね」
「……」
「ごめん、失言だった」
怒りマークが見えて、反射的に謝る。
あの時のコトは、どうも彼女の中では記憶から抹消したいことのようだった。
「なにか用?」
「あ、いや……」
「……?」
言い淀む黒江を見て、綾乃は小首を傾げる。
綾乃からすれば、自分がどういう『用事』でここに来ているのか、理解しているはずの黒江が現れたのだから、用があると思うだろう。
黒江はどう切り出そうか、決めて来れば良かったと反省する。
黙っているのも悪いので、とりあえず曖昧に「大丈夫か?」と問う。
「なにそれ。明日の選定式のこと?」
「いや、そうじゃな――そうじゃないわけでもないんだけど、そうじゃなくて、ええと……」
結局、しどろもどろになってしまう。
はっきり言えば良いと頭では分かっているが、本人を前にするとどう話せばいいのか分からなくなる。
綾乃はそんな黒江を見て、眉をひそめる。
「なに? 言いたいことがあるならはっきり言ってよ」
「それはそうなんだけど」
「そうなんだけど?」
「なんと言えばいいのやら……?」
「はあ?」
「……いや、うん、なんかごめん」
「え、勝手に落ち込まないでくれる?」
「ごめん」
呆れられ、黒江はがっくりと肩を落とす。
昔から、誰かの影に隠れて自分の意見を口にすることが少なった弊害がこんなところでも出てしまう。
生徒会室でのミーティングでも、樋春に意見を言うのは決まって、綾乃か博也だ。
誰かの影に隠れるのはやめて、変わっていこうと意識はしているが、実際に変われるかどうかは別問題だ。
自分のことが情けなくなる。
「じゃあ、私から質問、いい?」
綾乃はため息交じりに言う。
「どうぞ」
黒江は肩を落としたまま応じる。
「クロは、樋春さんが目標にしている、選定式を変えるってやつ、どう思ってるの?」
思いの外真剣な声音で問われ、視線をあげるとバッチリ目が合う。
綾乃は目が合っても逸らさなかった。
黒江は視線を外してしまう。




