第五章ー14
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博也に託された策は、難易度の高いものだった。
タイミングを逃せば、勝機を逃す。
それに、綾乃には二度、同じ手は通用しないだろう。
一度きりの大博打だ。
「点火!」
博也が上空へ手を伸ばす。
赤色の彩粒子が重力に逆らって上へ上へと舞い上がる。
鍛錬場の地表付近は、既に赤色の彩粒子で全て覆われている。博也の策で必要になるのは、それよりさらに上の部分を能力範囲内に収めてしまうことだ。
「博也、右上、小さいのが四つ来る」
「はいよ!」
いくら彩粒子で染まっていようと、博也が『対象』と認識しなければ、モノは動かせるし攻撃もできる。
綾乃は安全圏から、灰球で攻撃してくる。
「真上に二つ、一メートル級!」
「了解!」
密度の濃い彩粒子が流れて霧のようになり、視界不良を引き起こしていたが、前回の選定式で双子が使っていた色覚妨害に比べればどうってことはない。
少なくとも、黒江たちが鉄球を見落とすことはなさそうだった。
「左上――でかいのが来るよ!」
「ちょっとは加減しろよあの馬鹿娘!」
左上方から、直径五、六メートルはあろうかという巨大な鉄球が降って来た。
「ぐっ! 止まれよ!」
博也は突き出した手に力を入れる。
博也の能力は強力だが、制限も多い
急ブレーキをかけるように相手の動きを止めるため、質量が大きいモノや、スピードが出ているモノに関しては、博也の能力にかかってからでも僅かに動く。
五メートル以上ある巨大な鉄球が、能力と重力によって加速させられ、落ちているのだ。止めるまでに時間がかかる。
その隙を見逃す綾乃ではない。
「後方から三つ来る!」
「すまん、頼めるか?」
「分かった」
十数センチ程の小さな鉄球が背後から襲い掛かって来る。
避ければ、綾乃はすぐさま隣にいる博也へ向けて、軌道を変えるだろう。
左隣にいる博也とは反対、右方向へ、逸らすしかない。
これまで培ってきた力を、全て解放する。
まず、猛スピードで飛来する鉄球を見極める。
一つは顔面やや右、一つは腹部、一つは膝付近だ。
それぞれ、微妙にタイミングがずらされていた。
黒江は瞬時に自分がどう動けば全弾弾けるかイメージし、
「まずはっ!」
実践する。
一球目、顔よりやや右側から襲ってきた鉄球は、右手甲で鉄球の左側を叩く。
「もう一つ!」
二球目、腹部付近へ飛んできた鉄球は、同じく右手で、右下へ叩き落とすように殴って弾く。
三球目、少し遅れて、左膝あたりに飛んできた鉄球は、左足を振り抜き、サッカーボールを蹴るように。
「ラスト!」
右方向へ、吹き飛ばす。
「しゃあ!」
狙い通りに、弾き返せた。
思わずガッツポーズを取ってしまった。
「黒江、行け!」
同時、博也が合図を出す。
見れば、左上方、数メートルの場所で五メートル級の大鉄球が動きを止めていた。
さらにその先、真上の位置にはその前に止めていた、一メートル級の鉄球が浮かんでいる。
――条件が揃った。これなら届く!
「黒江、任せたぞ!」
博也の策は単純明快。
綾乃の鉄球を踏み台にして跳べば、空中にいる彼女にも届くのではないか、というもの。
言うは易く行うは難し。
綾乃がいつ鉄球を消すか分からず、そもそも踏み台にできるちょうどいい位置に鉄球が来なければいつまで経っても実現できない。
訪れた好機を、逃すわけにはいかない。
チャンスは一度きりだ。
「行って来る!」
狙うは、左上方の巨大鉄球。
身体強化をフルに活用し、全身で跳躍する。十メートル以上ならいざ知らず、数メートル程度なら、余裕で届く。
そして三角跳びの要領で、巨大鉄球を足場にし、さらに上にある一メートル級の鉄球へと飛び移る。
目指す位置にいる綾乃は「嘘でしょ!?」という顔をしていたが、びっくりしてくれなきゃ困る。
綾乃は慌てた様子で、黒江が今、足場にしている鉄球を消すような動作をするが――
「遅いよ!」
鉄球が消える頃には、黒江は既に跳躍していた。
地上、十数メートルの距離にいた、綾乃の下へ、到着する。
「博也が、話したいから降りてこいって」
そう告げて。
黒江は跳躍した勢いそのまま、空中で一回転し、回し蹴りを繰り出す。
綾乃はそれでも対応しようと鉄球を繰り出し、相打ち覚悟で黒江の顔面へ向けて発射しようとするが――
「そこまで!!」
凛とした、風格漂う声がこだまする。
繰り出した回し蹴りは、『ゴン!』という鈍い音がして、間に入り込んだ五十センチ程の小さな大仏に直撃した。




