第一章ー4
「えー、これから、選定式を始める」
桜波先生は咳払い一つしたあと、前置きなく言った。
「まーあれだ、頑張れ」
ここまで心のこもっていない「頑張れ」もない。
本当に教師かと疑うようなテキトウさだが――。
そんなことより。
黒江は眉をひそめる。
「昨日発表があったように、今日の相手は第六高校。注意事項は昨日説明した通りだ。以上、じゃあな」
桜波先生はそれだけ言うと教壇を去り、教室を出て行ってしまう。
教室を出る直前、ククッと不気味に笑う姿が見えたような……気のせいだろうか。
残された生徒はポカンとした表情でそれを見送る。
同時に、
キーンコーンカーンコーン――
チャイムが鳴った。
八時だ。
「……」
昨日、桜波先生から選定式について説明があった。
説明と言っても、注意事項を言われただけで、なにを行うのか具体的な説明はなかったが。
桜波先生曰く、
①選定式中は校外へ出ることは禁止。
②敷地内にある寮や売店も立ち入り禁止。
③①②を守るのならばどこにいても良い。
④頑張れ
以上である。
「ん? 転校生……?」
桜波先生に続き、影の薄い白髪の転校生、白鳥佳那が教室から出て行く。
クラス中の注目が集まる中、彼女は平然とした様子でとことこと教壇前を横切り、そのままどこかで行ってしまう。
ざわつく。
先ほど、桜波先生は「選定式を始める」と言い、チャイムが鳴った。
自然に考えるならば、既に選定式は始まっていると思うべきだが、実際は何も起こっていないし、始まっていない。
黒江は思案する。
転校生は教室を出て行ったが、その行為に対して誰も何も言わないし、ペナルティもないようだ。
とりあえず、教室の反対側にいる博也と――
ズドォン!
直後、遠くから爆発音が聞こえてきた。
「なんだ!?」
立ち上がる。
国立転移第三高等学校は、上空から見ると正方形の形をしている。
黒江たちが今いるのは、西校舎一階。正方形の左辺側だ。
爆発音は校舎北側、第二体育館方向から聞こえてきた。
黒江だけじゃなく他の生徒たちも一斉に席を離れ、廊下へ出る。
そして西校舎最奥、一年一組がある方向を見る。
「どうもこんにちは、第三高校諸君。狩りの始まりだ」
そこには、見たコトもない制服を着た生徒が複数人。
学ランに身を包み、左胸ポケットには緑色の校章が光る。
おそらく、対戦校だという第六高校の生徒だろう。
――違う。そんなことより、そんなことより!
心臓が痛いくらいに警鐘を鳴らす。
ヤバいヤバいヤバい。
「これより、選定式を開始しま~す」
中央に立つ大柄な男が口角を上げる。
その男の手には、見るからに凶悪な、大きな剣が握られていた。
男は自身の身長程もあるその剣を軽々と振りかぶり、
横薙ぎ一閃。
ドガンという爆発音と共に、一年一組の教室が爆発した。
男のモノと思われる、紅蓮の彩粒子が舞う。
彩粒子と共に、血が、肉片が、内臓が、宙を舞う。
「逃げろ!」
勇敢な誰かが叫んだ。
「逃がさないよ」
一振り。
また爆発が起こる。
今度は男の正面、廊下に出ていた二組の生徒たちへ向けられた。
「うわっ!」
べチャリ。
ついさっきまで同級生だったモノが、目の前に落ちる。
もはやどこの部位かも分からない血が、肉が、黒江の足元にも転がってきた。
恐怖で足がすくむ。
頭では、今すぐ逃げろ、動けと思考でいているのに、体が動かない。
「さて、次は君たちだ」
大剣を持った男が近づいてくる。
死が、歩み寄って来る。
「ぐっばい」
男が高々と剣を持ち上げ、振り下ろす。
――終わった。
そう、思った。
俺の人生短かったな、やっぱり転移なんてしなければ良かった、意味が分からない、どうなってんだ……なんて、いろいろ考えたが。
次の瞬間。
「早く逃げて!」
聞こえてきたのは、爆発音ではなく、よく通る、力強い声。
「え?」
思わず閉じていた目を開けると、目の前に巨大な鉄球が現れていた。廊下の直径と同じくらいの巨大鉄球で、大剣を持つ男は鉄球の向こう側だ。
「早く! 逃げて!」
もう一度、女性の声が聞こえる。
そこから先は無我夢中だった。
どこをどう通って逃げたのか、記憶がない。
黒江はとにかく逃げることだけを考え、走った。
彩粒子全開で、力の限り走り続けた。
生き残るために――。