第五章ー11
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勝ちを確信する黒江たちとは反対に、綾乃は冷静だった。
樋春の意図は分かっているつもりだ。
お前では黒江たちには勝てないと理解させるためだろう。
練習メニューはこなしている。
生き残るために、一生懸命努力している。
でも足りない。
それだけではダメなのだ。
樋春だって、練習メニュー以上のことをしろと言っているのではないだろう。
そんなことは熱血馬鹿がすることだ。
大切なのは、気概の話だ。
戦っていれば、『ここぞ』という場面は必ず訪れる。
その時、モノを言うのは戦闘技術じゃない。
いや、戦闘技術も必要ではある。
ないよりはあった方が良いだろう。
だけど一番じゃない。
一番は、『ここで決める』という気概だ。
精神論ではない。
人間の肉体は、気の持ちようによって、引き出される力が大きく変わる。
勢いや気合いが大切な時もあるのだ。
その点において、博也に負けている自覚はある。
――だからって、負けたくないんだよね。
動きを止められたからどうした。
能力が使えなくなるわけではない。
「灰球・壁陣」
綾乃はとどめを刺そうと接近してくる黒江と自分の間に、一瞬で『灰球の壁』を築き上げる。
五十センチほどの大きめ鉄球だ。
周囲に数十個積み上げることで、巨大な鉄の壁となる。
肉体強度が増している黒江も、所詮は人の体だ。
鉄の塊が積み上げられた強固な壁を崩せはしない。
「こんの!」
と、思ったのだが。
「いやいや、クロ、馬鹿力も大概にしてよ……」
そうでもないらしい。
ドゴンという音と共に、鉄球が一つ、壁陣から外れて床に落ちた。
続けざまに、二度、三度と強烈な蹴りが炸裂し、壁陣が破壊されていく。
「でも」
予想以上の身体強化に驚かされたが、一度に外される鉄球は一つずつだ。
ならば、問題はない。
綾乃は蹴り落とされる度に、落とされた鉄球を消し、落とされた部分に鉄球を補充する。
「あとは、ヒロの拘束を抜けられれば」
黒江の攻撃は防げた。
残る問題は、体を拘束している博也の『点火』だ。
壁陣が目隠しとなって、向こうからは姿が見えていないはずだが、一向に拘束が解かれない。
博也の能力は相手の姿が見えなくても、彩粒子の届く圏内にいて、位置が捕捉できていれば発動できる。
これを解除するためには、多少強引にでも、動くしかない。
「……て、言ってもね、どうしよっかな」
打開策がないわけではない。
灰球で、自分を撃てばいい。
博也が今、能力で縛っているのは綾乃だけだ。
向こうから見えない位置で、灰球を使用し、自分にぶつければ、簡単に移動できる。
威力も調整できる。
改造制服だって着ている。
無傷に近い状態で移動できるだろう。
――でも、痛いだろうなぁ……。
動かない体を、鉄の球で撃って移動させるのだ。
痛いわけがない。
現状、黒江たちに壁陣を突破する力はない。
もしこのまま膠着状態が延々と続くようなら、いつかは樋春が止めに入るだろう。
正直、それでも良かった。
無理をして、なにかあっても、樋春が止めてくれることくらい分かっている。
じゃあ今、無理をする意味があるのか。
「……」
ない気がする。
黒江と博也が、自分が想像していたよりもずっと強いことは、もう十分、理解できていた。
きっと、凄く努力したのだろう。
練習したのだろう。
それを、感じられただけで十分だ。
――あとは、スマートに、流そうかな。
綾乃は、本気でそう考えた。




