第五章ー9
綾乃は、また空を見上げる。
「……そっか」
黒江には、彼女の気持ちが分からない。
他者と比べて切り替えが早すぎる彼女は、その瞬間が過ぎ去ってしまえば、全てが『終わったこと』になる。仕方がないことになってしまう。
先ほどの言葉が真実ならば、綾乃自身、驚いたのだろう。
もとの世界ならば「切り替えが早い」で済むかもしれない。普通に生きている分には、そうそう『死』を身近に感じることはないだろうから。
この世界では、別だ。
『死』が間近にあるこの世界では、異常者になり得る。
現に、博也は彼女の振る舞いに腹を立て、理解できないと大喧嘩に発展している。
きっと、誰にも彼女の気持ちは理解できないだろう。
「なんて、私のキャラじゃないよね。この話は終わり!」
彼女は笑う。
いつも通りに。
明るく、笑顔を作って。
「でも、ヒロとはちょっと気まずいかなー。前も一度、言い合いみたいになっちゃってるし。クロ、なんとかしてくれない?」
図太く、てきとーに、彼女は笑う。
切り替えて、なんてことはないような顔をして。
「綾乃」
「なに?」
黒江には、彼女の気持ちは分からない。
だけど一つ、はっきりしたことがある。
綾乃の感覚は普通じゃないかもしれない。
佳那のことすらすぐに流せてしまう神経は理解に苦しむ。
この先も、どこかで必ずぶつかるだろう。
だとしても――
「俺には、綾乃の気持ちは分からないよ。ちょっと変わったところがあるのも事実だと思う。……でも、君は悪い人間じゃない。それも、事実だよ」
綾乃は自分のことを異常だと言うが、きちんと受け入れ、対処しようとしている。
本当におかしな人間ならば、自分が異常だと自覚していないか、自覚していたとしても、それに対して何も行動を起こさないだろう。開き直って、正当化する可能性すらある。
綾乃は違う。
こうして慰霊碑に訪れ、毎日手を合わせている。
彼女は、悪い人間じゃない。
「なにそれ。そこは、お前は変なやつじゃないって否定してくれるところじゃないの?」
綾乃は笑う。
強く、明るく。
そんな彼女につられて、黒江も笑った。
「それはないね。綾乃は変なやつだよ」
「え、地味に酷くない?」
「さっき、自分で言ったじゃん」
「そうだけど、人に言われると傷つくな~」
綾乃は口を尖らせて。
でも、と言う。
「でも、ありがとね。クロ」
――どういたしまして。
◆
「お互いの力量を知るために、全力で戦え」
選定式まであと四日となったその日、鍛錬場に集合した直後、樋春からそんな指令が出た。
博也と綾乃が数日経っても仲直りしないため、樋春も業を煮やしたようだった。
博也と綾乃は相変わらず、対立したままだ。
綾乃の方は、さすがの対応力でもう気にしていないようだが、問題は博也の方だった。
大喧嘩をしてから、必要最低限の会話しかしようとしない。
気持ちは分からなくもない。
博也はまだ、綾乃の『用事』に関しては何も知らない。
黒江はすぐにでも話そうとしたのだが、綾乃に止められた。タイミングを見計らわないと、「だからどうした?」と言われて終わりになってしまう、と。
「手加減しねえからな」
「どうぞ。お好きにしてくださいな~」
樋春に指示された組み合わせは、綾乃対黒江、博也ペア。
黒江は樋春の意図を察する。
博也は、綾乃のことを「やる気がない」と断じている。この一週間ほどで、綾乃よりも強くなったと思っていることだろう。
そんな考えを、正すためだ。
綾乃は確かに、早めに特訓を切り上げており、博也より体を動かしていないかもしれないが、黒江から見れば、特訓時、綾乃は他の誰よりも集中して取り組んでいる。
やる気がないと思い込むのは勝手だが、仲間のことすらろくに理解できていない状態で選定式に臨めば、また、誰かが死ぬであろうことは目に見えていた。
樋春は、二人を直接戦わせることで、それを正そうとしているのだろう。




