第五章ー8
「私はね、それができちゃうんだよ」
綾乃は、空を見上げたまま――空に浮かんでいる雲を眺めたまま、言葉を紡ぐ。
「佳那のことがあったから、もう仲間を死なせたくないっていう、ヒロの気持ちは、理屈では分かる。分かるんだけど、私、もう切り替えられちゃってるんだよ。……佳那のことは好きだったし、本当に悲しかった。樋春さんに本気で怒りを覚えたよ。なのに、気が付いたら『仕方ないことだったのかな』って割り切ってて、今はもう、過去のことになってるんだよ。おかしいでしょ?」
「……」
黒江は、何も言えなかった。
死生観は人それぞれだ。
どう割り切るか、どう感じるか、人によって違うだろう。
黒江は実体験として、姉を失っている。
選定式を二度経験し、様々な死に出会ったが、やはり、近しい者の死はそう簡単に割り切れるものではなかった。姉のことも、佳那のことも、一日たりとも忘れたことがない。
佳那が撃たれた直後、樋春に土下座をさせるほど、怒り、悲しんでいた綾乃が、ほんの一週間でそれを『過去のこと』だと言い切る姿は、違和感を拭えない。
人それぞれとは言え、おかしくないと、断言することもできなかった。
「私ね、兄弟姉妹が沢山いるんだよ」
綾乃は、空を見上げることをやめ、こちらへ振り向く。
笑っていた。
「八人兄弟の真ん中で、良くも悪くも、特別扱いされることがなかったの。なんかね、上の兄弟は親に凄くいろんな期待をされて、下の兄弟は凄く甘やかされて、可愛がられて……私は、その間に挟まれてた。どう振る舞っていたと思う?」
問われて、考えてみる。
黒江は二人姉弟だ。
真ん中になる者はいない。
親は、姉も、自分も、それぞれの形できちんと育ててくれていたと思うし、優劣をつけたりすることはなかった。
姉は親のことや黒江のことを常に気にかけてくれていたし、黒江は黒江で、姉に迷惑をかけないよう、影に隠れていた。
もし、八人兄弟だったら?
規模が違いすぎて分からないが、一つ想像できるとすれば、きっと、誰かが『上手く立ち回る』のだろう、ということ。そしてそれは、真ん中にいる人間になるのだろう、ということ。
「あ……」
はっとする。
綾乃が、その立ち位置だったのだろう。
「私はね、そういう中で育ったせいか、自分でも気づかないうちに、些細なことでも大きなことでも『仕方ない』って流すようになっていて、いつの間にか癖になってたんだよ」
「いや、でも、いくらなんでも選定式とか佳那のことまで、そんな簡単に……」
言いかけて、止まる。
綾乃が、笑っていたから。
「そうなんだよねー。自分でもびっくりしたんだよ。私、初めての選定式を終えた日、『ぐっすり眠れちゃった』んだよね。そこで気付いたよ。私、異常なんだって。おかしいんだって」
自虐的に、彼女は笑う。
いつも彼女が見せている、明るく、弾けるような笑顔じゃない。
見ているこっちが辛くなるような、痛々しい笑顔だった。
「ま、そういうことなんだよ。だから、『忘れないように』、私は毎日、ここへ来てる」




