第五章ー7
「……こっち見ないで」
「あ、ああ。ごめん」
彼女はこちらに背を向け、黒江も、なんとなく背を向ける。
黒江も、顔が熱くなるのを感じた。
「それで、綾乃――」
「ごめん、ちょっと待って。ホントにちょっと待って。お願い」
話を進めようとしたら、言葉を遮られた。
そんなに見られたくなかったのだろうか。
背後で、何度も深呼吸をする気配が感じられ、その上、さらに数十秒ほど間があり。
それからようやく、「いいよ」と声がかかる。
「綾乃、さっきも言ったけど、別にあとを着けて来たとか――」
「分かってるよ。クロがそんなことする意味ないし。それに、見られたからって、どうなるものでもないし。気にしないでいい」
「……」
「なに?」
「いや」
今の今まで、あれだけ狼狽し、慌てていた人間が、『気にしないでいい』と言っても説得力の欠片もない。
突っ込もうかとも思ったが、やめておいた。
聞きたいのは、そんなことではない。
「綾乃、一つ、いい?」
「どうぞ」
「いつも言ってる、用事って、これのこと?」
ほんの一秒ほど、答えが返って来るまでに間があった。
あったけれど、綾乃ははっきりと、答えてくれた。
「ん、まあ。そうなるね」
「そっか。隠すことないのに……」
黒江は、本心からそう言った。
生き残ることが最優先の今、亡くなった人たちの弔いをしている余裕はない。慰霊碑はあっても、その存在すら知らないまま命を落とす生徒も多いだろう。
だけど、弔いをすること自体は、決して咎められることではない。佳那のことを思えば、こうして毎日のように通っているのは素晴らしいことだと思うし、仲間に隠すようなことでもない。
どうして頑なに教えてくれなかったのか、疑問が湧く。
黒江のその疑問に対して、綾乃はこんな回答をした。
「亡くなった人たちのためじゃないから」
その声は、酷く寂し気で、辛そうな響きだった。
振り返ると、綾乃は空を見上げていた。
今日は晴れている。
晴れているが、ぽつぽつと、雲が浮かんでいた。
「私、自分でも切り替えが早いって分かってるんだよ」
「知ってるよ。いつも言ってるじゃん」
「あはは。そうなんだけど……。たぶん、クロが思ってるよりずっと、切り替えるのが早いんだよ」
綾乃は言う。
「特に、悲しかったり、辛かったりする時が、凄く早いんだよね。その瞬間は泣いたりするし、怒ったりもする。なのに、いつの間にか『仕方ない』って切り替えちゃって、そのことが過去に消えていっちゃうの」
「それは、悪いことじゃないでしょ。嫌なことなんかすぐに忘れた方がいい。そうやって割り切っていた方が楽だろうし、気にするようなことじゃ――」
「佳那のことを簡単に割り切っても、クロはそう言える?」
「……」
答えに詰まる。
それは、どうだろうか。
よく、寝たら忘れるというタイプの人間がいる。
その人たちは、辛いコトや悲しいコト、悩んでいるコトがあっても、『考えても仕方ない』と、すぐに切り替えられるタイプだろう。
黒江は、うじうじと小さなことでも悩んでしまうタイプだ。
そういう人たちが羨ましい。
そういう人間になりたいと思う――が。
佳那のことまで、そうやって切り替えられる人を、羨ましいと思うだろうか。
否だ。
切り替えるのが早いと言っても、そんな大切なことまで、すぐに切り替えようと思わないし、切り替えたくもない。




