第五章ー6
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屋上のドアを開けると、強い風が吹き付けてきた。
実際に来てみるのは初めてだ。
「えっと……?」
ここへ来るまで、あちこち視界を巡らせてみたが、綾乃の姿はなかった。
黒江はダイヤの中央部分に立って、ぐるりと見まわしてみる。
綾乃はやはり、慰霊碑の前にいた。
三、四メートルほどの黒く、大きな石碑の前で彼女は腰を下ろしていた。
ダイヤの上部。角にあたる部分だ。
近づき、なにをしているのかと確認すると、
「……」
綾乃は慰霊碑に向かい、手を合わせていた。
静かに、厳かに。
黒江が来たことにも気付いていないようだった。
――意外だな。
そんなことを言ったら怒られるかもしれないが、黒江は手を合わせる綾乃を見て、率直にそう思った。
黒江にとって、綾乃という少女はとにかく明るく、そして図太く、器用でノリが良い女の子だ。
慰霊碑に手を合わせてお祈りする姿は、普段見る彼女とは、印象が違いすぎる。
風が吹くたび、銀色にも見える髪の毛がさらさらと揺れる。
普段の彼女を知っているからこそギャップに驚かされるが、今の姿だけを見れば、どこか遠い国のお姫様のような、そんな神聖な雰囲気すらある。
見惚れていた、なんて口が裂けても言えないが。
それから何分間か、綾乃がこちらに気付くまで、声をかけることすら忘れてしまっていた。
「……?」
綾乃が、振り返る。
これまた珍しく、彼女はきょとんとした顔で固まる。
「……」
対する黒江も、なんと言葉を発するべきか迷い、数秒固まった。
ぱちぱちと目を瞬かせる綾乃に、黒江は、
「えっと……奇遇、だ、な?」
歪な笑顔を浮かべ、なんとかそれだけ言った。
「な――っ!」
はっと我に返った綾乃は、わたわたと慌て始める。
「なっ、クロっ! え、どうして、え?」
顔や髪の毛に手をやり、ばたばたし始めたかと思うと、どんどん顔が赤くなっていく。
黒江はその反応を、怒っているものかと思った。
だから、咄嗟に言い訳の言葉が口をついて出た。
「あっ、いや、違う、違う! 下で本を読んでいたら、綾乃の姿が見えたから、何をしているのかと着いてきただけで、ずっと後を付けていたとか、そんなことは…………あれ?」
必死に言い訳をしてみたが、一向に、綾乃からの反応がない。
「……んん?」
冷静に、彼女を観察してみると、
「~~~~~~~っ!」
なにやら、顔を真っ赤にして、俯いていた。
これは、恥ずかしがっている、のだろうか。
「綾乃? どうした?」
「別に」
「別にってことはないでしょ」
「いいから! 放って置いて!」
「いや、え? そんなに恥ずかしがること? 慰霊碑に手を合わせるなんて、むしろ良いことじゃ――」
「うっさい! 黙れ! 死ね!」
「死!?」
衝撃的な言葉が飛んできた。
仕方なく黙る。
いや、しかし。
「~~~~~~っ」
不覚にも、可愛いと、思ってしまった。
もともと綾乃は、目がぱっちりとしており、小顔で可愛らしい顔立ちだ。髪型が変わり、少し大人びた雰囲気にはなったが、基本的には可愛い寄りの雰囲気を纏っている。
その綾乃が、顔を真っ赤にして、羞恥心に耐えている。
なんというか、小動物が震えて怖がっているような。
保護欲を掻き立てられるような。
そんな気がしてくる。
可愛い。
本当に、可愛い。
「……こっち見ないで」
「あ、ああ。ごめん」
彼女はこちらに背を向け、黒江も、なんとなく背を向ける。
黒江も、顔が熱くなるのを感じた。




