第一章ー3
「そう言えば、博也は明日のこと、なんか聞いてる?」
四百人以上のタイム測定はなかなか終わりそうにない。
別の話題を探す。
「ああ、『選定式』とかいうヤツか?」
「それそれ。何するんだろうね」
明日は土曜日だ。
本来、補修や部活がない生徒は休日となるはずだが、明日は『選定式』と呼ばれる行事があり、登校日となっていた。
なにか予定があるわけでもないし構わないのだが、問題はその『選定式』とやらが、なにをやるものなのか分からない点だ。
博也も「さあ?」と首を捻る。
「テストかなにかじゃないのか?」
「名前だけ見るとそうだよね。でも、気になって生徒手帳を見たんだけど、二週間に一度のペースで選定式っていう行事が入ってるんだよね。そんなに何度もテストするのかな?」
「するんじゃねーの? 毎日三十人くらい増えてんだぞ。生徒の学力を見るためには必要なことなんじゃないか?」
「あー、それもそっか……」
博也の推測に納得する。
実際、テストだと予想できる根拠はもう一つある。
もとの世界で言うところの、学期末などに行う『定期テスト』が存在しないようなのだ。毎日三十人近い生徒が入って来る学校で、『定期テスト』は何の意味もないだろう。
特に、この世界では実年齢よりも『転移してきた時期』で学年が決まる仕組みのようで、二人とも、一年生に配属されている。
年下や年上の同級生が何人もいるのだ。
学期ごとに定期テストを行う意味は無いに等しい。
「ま、どんなテストが出るのか知らんけど、頑張ろうや」
「そうだね」
分からないことを考えていても仕方ない。
選定式に限った話ではない。
まだ知らないルール、常識も多いだろう。
「なんとかなるか」
黒江は気持ちを切り替え、再び、極彩色の光が入り乱れるグラウンドへ視線を戻した。
◆
「しかし、どうするかなコレ」
「黒染めしてる人もいるらしいけどね」
選定式当日。
午前八時前にはクラスに居ろ、という教師からの指示があり、黒江と博也は自身のクラスである一年三組にいた。
教室の造りはもとの世界の一般的な高校と変わらない。
向かって正面に大きな黒板、左側に窓、右側が壁だ。右側の前方と後方に出入り口がある。
二人は窓際後方の黒江の席近くに陣取り、博也の髪の毛について話していた。
「染めるのも結構かかるらしいんだよな」
「今、どのくらいお金残ってるの?」
「まだあるけど、これからどのくらいかかるか分からないだろ?」
うーん、と難しい顔をする。
博也の髪の毛は真っ赤に染まっている。
これも彩粒子の影響だった。
彩粒子はそれぞれ一色ずつ、自分の色があるのだが、どういう原理なのか、転移時に髪の毛がその色に染まってしまうのだ。
クラスメイトたちも、それぞれカラフルな髪色に染まっており、なかなか面白い風景なのだが、博也はそうもいかないらしい。
「あー、嫌だな。気になる……」
ガリガリと頭を引っ掻く。
博也は基本的に根が真面目な性格だ。
父親が警察官、母親が教師という家庭で育った人間なので、髪の毛を染めたことなど、人生で一度もなかったのだろう。
「黒江はいいよな」
「まあね」
「その髪の毛をくれ」
「嫌だよ」
などと問答しながら自分の髪の毛も確認する。
目にかかるかかからないかという微妙な伸び加減の髪の毛は、転移前と変わらず、真っ黒だ。
彩粒子の色が黒なのだから仕方ないのだが、黒江本人は、どうせなら別の色になっても良かったと思う。こんな機会でもなければ、特に、赤や青、紫といった奇抜な色に髪の毛を染めることはできないだろう。
「よーし、お前らー、席につけー」
と、教室の前のドアが開き、教師が入って来る。
猫背で、いかにもやる気のなさそうな声。
ワイシャツもよれよれで、教師というよりリストラされたサラリーマンのような雰囲気が漂っている。
我らが担任、桜波太郎先生だ。
黒江は「それじゃ」と博也と言葉を交わし、席につく。
そして、教壇に立つ桜波先生を見る。
「……」
こればかりは、何度見ても慣れない。
桜波先生の彩粒子は桜色。
つまり、よれよれのシャツを着た覇気のない中年オジサンが、ピンク色の髪の毛をしているのだ。しかも、癖っ毛なのか、髪の毛もよれよれで、あちこちに跳ねている。
なんともシュールな光景だった。