第四章ー14
「その反応、やっぱりか」
博也は苦々しい表情で続けた。
「おかしいとは思ってたんだよ。前回の選定式で会っただけにしては、灰霧と白鳥さんの距離はあまりにも近すぎる。……それに、俺らと初めて会った時、灰霧は確か、白鳥さんに向かって『その癖、直した方がいいよ』って言ってたよな。それって――」
「いいから。別に、いいから」
綾乃は博也の言葉を遮り、一歩、階段へ踏み出す。
博也もそれ以上は言わず、綾乃に着いて行く。
黒江も遅れないよう二人の後を追うが、頭の中は混乱していた。
――綾乃と佳那が知り合い?
言われてみれば、という感じだった。
思い返してみると、綾乃と佳那は最初から仲が良かった。
選定式の翌日だというのに、二人そろってマイペースで明るく、悲壮感がなかった。『その癖、直した方がいいよ』と話していたことを、黒江も覚えている。
佳那は転校生だ。
黒江たちの知らない誰かと、付き合いがあってもおかしくない。
転移した時期こそ違えど、綾乃と佳那が知り合いであったとしても、なんら不思議なことではなかった。
それだけじゃない。
もう一つ、ヒントはあった。
「綾乃、もしかして能力を発現してたのって……?」
綾乃は、選定式開始直後に能力を使用し、背後にいた黒江たちを守っていた。
普通、選定式がなければ彩粒子の能力に気付くことはない。
身体能力が上がるだけでもお祭り騒ぎになっていたのだ。
もし、選定式が始まる前に気付ける可能性があるとすれば、それはつまり。
「そうだよ。佳那に教えてもらったの」
振り向かず、歩みを止めないまま、答えが返って来る。
既知の者に、能力について教えてもらえる機会があるのなら、選定式前に能力のことを知っていてもおかしくない。
きっと、綾乃は転移後、佳那と再会し、選定式や能力のことを事前に教えてもらったのだろう。
「佳那とは昔から気が合ってね。特別仲が良かったとか、そういう関係じゃないんだけど……。一般的には、幼馴染とか、腐れ縁って言われる関係なのかな。それだけだよ」
綾乃は笑う。
その声はやっぱりいつも通りで、もう割り切っているようで。
黒江には綾乃の真意は読み取れなかった。
「私、ちょっと用事があるから、先に行くね」
玄関まで来たところで、綾乃はそう言い残して駆けて行った。
「用事ってなんだよ。……大丈夫か、あいつ?」
博也は心配そうにその背中を見送る。
「大丈夫、ではないと思うけど」
「思うけど?」
「俺には綾乃がなにを考えてるのか、よく分からないよ」
「だよな」
黒江も博也も、冷静ではない。
人の心配をしていられるほどの余裕もなかった。
自分たちだって、ショックを受けていた。
「こうやって、処理されるんだね」
周囲を見渡すと、軍服を着た人間が校舎内を歩き回っている。
まだ選定式が終了してから三十分も経っていないというのに、あちこちに残っている爪痕は、迅速に『処理』されていた。
前回の選定式は、終わると同時に生徒会室へ行き、それから暫くの間、樋春と話していた。
帰る頃にはある程度、『処理』が終わっていた。
まさか翌日までに校舎の復旧まで終わるとは思っていなかったが、その様子を、こうして目にするのは初めてだった。
「モノ扱い、か」
「会長が話してた通り、この世界の住人にとって、俺たちは処分対象でしかないんだろうね」
今回の選定式でも、校外へ逃げ出そうとした者がいたのだろう。
玄関前にも多数の死者がいた。
その死体を、軍人たちはトラックの荷台へ、放り投げている。
埋葬するためではなく、ただ処分するために、機械的に行っているように見える。
「あっちはあっちでまだ待機してやがるし、胸糞悪いな」
校外へと視線を向けると、そこにはまだ完全武装の兵士たちが陣取っている。
向こうのお仲間さんたちが、校内へ入って活動しているのだ。あちら側からすれば、警戒を怠るわけにはいかないのだろう。このタイミングで脱走を図る者がいてもおかしくないのだ。
――選定式直後なんて、そんな気分にはなれないんだけどな。
選定式は、生易しいものではない。
今日、それを実感した。
これまでだって、樋春の特訓に全力を尽くしていたし、死ぬかもしれないという恐怖は常にあった。
だけど、それだけではダメなのだと、思い知った。
「黒江?」
ビニール袋に入れ、保管していた食べかけの米粉パンを取り出す。
黒江は、かたくなってしまったそれを、一気に平らげた。
美味しかった。




