第四章ー8
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「――ろ江! 黒江!」
「クロ!」
誰かが、自分の名前を呼ぶ声がした。
「は、え?」
「黒江! 無事か?」
意識が、体に戻って来る。
声が聞こえた方向を向くと、見慣れた顔があった。
「クロ、大丈夫?」
珍しい。
いつも軽いノリの綾乃が、本気で心配そうな顔をしていた。
「え、あ、ああ」
「良かった……」
綾乃はふぅと大きく息を吐くと、
「自分がなにをしたか、覚えてる? 意識飛んでたみたいだけど」
そう尋ねてきた。
はっとする。
そうだ、佳那が殺されて、それで――
「あいつは!? あの狙撃手は?」
「そこに転がってるよ」
「え?」
博也が顎で示した場所には、
「あ……」
確かに、転がっていた。
その表現が正しい。
壊れたマリオネットみたいに、体があちこち変な方向へ捻じれている。
損傷が激しいのは、頭部。
鈍器かなにかで殴られたように、後頭部が陥没していた。
明らかに、死んでいた。
「俺が、やったんだよ、な」
うっすらと、覚えている。
頭に血が上り、四階から飛び降りた。
そして、狙撃手を全力で殴り飛ばした。
「……こんなことになるのか」
「らしいな」
博也はどこか気まずそうに頷く。
人を、能力を使用した状態で殴り飛ばしたのは始めてだった。
特訓の時は、いつも樋春が直前で止めてくれていたから。
「感傷に浸っている暇はないよ。早く樋春さんと合流しよう」
綾乃は、普段と変わらないように見えた。
こんな時でも、彼女は変わらず、強い。
「綾乃……その、佳那は?」
「見ない方がいい」
反論を許さない口調だった。
博也も無言だった。
それでも黒江は気になって、「だけど」と言う。
「選定式中で危険なのは分かるけど、せめて――」
「いいから。見ないであげて」
綾乃は背を向け、そのまま校舎へ向かって歩き出す。
佳那の状態は、四階から目視できていた。
もちろん近くで見るのとは違うのだろうが、黒江が言いたいのはそういう話ではなく――
「これ、お前にやるよ。……好きなんだろ?」
博也から、なにか、柔らかいモノを手渡される。
「これ……」
「俺も、近くでは見てないんだけどな。灰霧が言うには、あの高さから落ちても、握り締めていたらしい。どんだけ好きなんだって話だよな」
黒江の肩をぽんぽんと叩き、博也も綾乃の後を追う。
手渡されたのは、食べかけの米粉パンだった。
最後のその瞬間まで、佳那は米粉パンを食べていたらしかった。
「くそっ!」
それ以上、黒江には何も言えなかった。
溢れる涙を堪え、前を向く。
「米粉パン、いる?」
佳那の声が、聞こえた気がした。




