第一章ー2
「やってんなー」
博也が体操服の袖で汗を拭いつつ、グラウンドの端へ目を向ける。
百メートル走のタイム測定が早々に終了した生徒たちは時間を持て余し、グラウンドの脇で球技を楽しんでいた。
「博也は行かないのか?」
「あんな物騒なドッヂボールに参加したくねえよ」
考える間すらなく、返答がくる。
まあ、分かる。
もし、もとの現実世界で同じ光景を見せられたら、自分の目を疑うだろう。
彩粒子全開でボールを投げ合っているため、ボールの速度が尋常じゃない。風切り音が聞こえて来そうなスピード感だった。
この光景に題名を付けるなら、『殺人ドッヂボール』だ。
――しかし、これ全員、転移してきた人間なんだよな。
彩粒子以外で、驚いたことがもう一つある。
毎日、三十人ほどが転移して来ることだ。
この世界において、『転移現象』は当たり前のことらしかった。
しかも不思議なことに、転移してくる人間のほとんどは、黒江や博也と同じ世界から来ているようなのだ。さすがに見知った顔はゼロに等しいが、同じ世界からきた同年代同士ということもあり、既に友達も何人かできている。
いくつ高校があるのか知らないが、一つの学校で毎日三十人ほど増えているのだから、全国で何人増えているのか見当もつかない。
一年生は全部で十クラスあるため、だいたい、一日三人くらいのペースでクラスメイトが増えていた。黒江たちが転生してきた当初、十数人ほどだったクラスメイトは、今や四十人ほどの大学級になっている。
ちなみに、この世界では彩粒子を保持する者、つまり転移者のことを『保持者』と呼んでいるのだが、保持者たちは、国の方針で、一括で管理するために高校や大学、会社といった場所へ集められている。
今、黒江たちが通っている『国立転移第三高等学校』もその一つだ。
「でも良かったよ」
殺人ドッヂボールを眺めながら、博也がポツリ。
「なにがだ?」
「お前が元気そうでな」
「あー……そりゃな」
黒江も、彩粒子という新しい力を得てはしゃぎ回る同級生たちを眺め、答える。
つい何週間か前に姉を亡くし、傷心中だった黒江にとって、良い気分転換ではあった。
もとの世界へ帰れる方法は、この世界でも噂程度の情報しかなく、はっきりとした方法は見つかっていない。ただ、今の生活は決して悪いものではなかった。
黒江たちが転移したこの高校は、偶然か必然か、新潟百山高校をそのままトレースしたような構造になっていた。おかげで、落ち着いて過ごすことができている。
無一文で転移してきた者たちを支えるための制度も整っており、学校の敷地内には寮や売店があり、衣食住で不自由することはない。
旅行に来ているような感覚だった。
姉のことを忘れたわけではないし、今でも思い出すだけで胸が締め付けられるが、気が紛れているのは事実だった。
「よっこいせっと」
グラウンド中央の整列場所へ戻り、腰を落ち着ける。
「お、転校生の番だな」
博也の言葉で百メートル走のトラックへ目を戻すと、白髪の少女がスタートラインに立っていた。
白鳥佳那。
存在感がない、と言ったら失礼だが、黒江が抱いた第一印象はそれだった。
ショートボブの髪の毛に薄い顔立ち。特徴と言えば猫みたいな瞳だが、それも彼女自身の存在感の薄さに負けてしまっている。小柄で、かなり可愛らしい見た目なのだが、無口&無表情で、何を考えているのかよく分からなかった。
「オリエンテーションの時にいたんだっけ?」
「ああ。俺も直接話したわけじゃないから、どんなやつなのかは分からないけどな」
黒江がもとの世界で出席できなかった、始業式前のオリエンテーションで転校生として紹介された人物らしく、博也は一目で分かったという。
「位置に着いて……よーい――」
笛の合図と共に、少女の体が疾駆する。
彩粒子の色は白。
「……綺麗だな」
思わず、感想が口をついて出た。
特別早いわけではない。
おそらく他の女子と大差ないタイムとなるだろう。
だが、彼女のフォームは綺麗だった。
背筋が伸び、手足の動きも伸びやかで、百点満点の走りだった。
黒江も博也も、彩粒子の扱いにはまだ慣れていない。
彩粒子は、生活している中ではほとんど使う機会がない。休み時間などに、体育館やグラウンドで遊ぶために使用する程度で、ほとんどの者は、その大きすぎる力を持て余している。
今までいた世界と同じフォームで走ろうとすると、フォームが崩れ、力任せの動きになりがちだった。
その中で、彼女の動きには淀みがなかった。
彩粒子を自身の力として身に付けているように見える。
隣を走る女子が滑稽に思えるほど、美しく、ブレのない走りだった。
「白鳥佳那、七秒二!」
彼女は走り切ると、ふぅと小さく一息つき、誰と会話をするでもなく、黒江たちと同じ、整列場所へ戻っていく。
そして腰を下ろすと同時、
「え? なんか食べ始めたぞ?」
体操服のポケットから、手のひらサイズの丸く、白いものを取り出し、ぱくつき始める。
パン、だろうか。
周囲の誰も指摘せず、教師も気付いているのかいないのか、注意する様子もなく。
ぺろりと全て平らげてしまう。
彼女はどことなく満足気な表情を浮かべ、
「……」
一秒後にはすぐに無表情へ戻る。
「なんというか、マイペースな人っぽい、な?」
「そうだな」
博也と二人、目を瞬かせる。
面白い世界には面白い人間がいるものなのか、白鳥佳那は、なかなか独創的な感覚を持っている人物らしかった。




