第四章ー6
「勝った、のか?」
まだ耳鳴りがしているが、相手が動けそうにないことを確認し、黒江が呟く。
決まり手は、音響閃光弾の投擲だった。
昨日、佳那は、樋春から「投げる技術が一番高い者に渡しておく」と音響閃光弾を渡されていた。
改造制服や通信機も含めて、どこでそんなものを調達してくるのか、甚だ疑問なのだが、樋春に聞いても「いろいろ、ツテがあるんだよ」と流されてしまうので、黒江たちは考えることをやめていた。
ともかく。
中庭上空にいた佳那が、苦戦する三人を手助けするため放り投げたのだろう。樋春の特訓時、飛行しながらでもモノを投げられるよう、訓練を受けていたのがここで活きた。
《三人とも、大丈夫?》
「なんとかね。外で状況見てたのか?」
《うん。敵の能力はこっちまで届いてなかったから、どのタイミングで投げれば良いのか迷ったんだけど……》
「ばっちり、ナイスタイミングだったよ。助かった」
話しつつ、外に目を向けると、十数メートル先に佳那がいる。
黒江は佳那に向けて、ぐっと親指を突き立てる。
佳那も手を振って返してくれた。
「灰霧、無事か?」
「うん、たぶん」
黒江の隣では、綾乃の状態を博也が確かめている。
助かったとはいえ、綾乃は首筋を斬られている。
こうして普通に会話できているし、特別問題はないのだろうが、あとで樋春にも見てもらおう。
一年生だけでは、傷の手当てや処置などはできない。
「灰霧、髪の毛、結構ばっさりやられたな」
「あはは。仕方ないよ。生きてるだけで十分でしょ」
「そりゃそうだが……」
綾乃はいつものように、仕方ないと笑い飛ばすが、博也の表情は晴れない。
綾乃の綺麗な髪の毛は、右側の首筋あたりをばっさり斬られていた。長い髪の毛があったからこそ助かったのだが、片側だけが短くなり、歪な髪型になってしまっていた。
「悪いな」
「へ? なんでヒロが謝るの?」
「……いや」
「命のやり取りしてるんだから、これで済んだと思わないと。別にいいよ」
黒江は、二人のやり取りを見て、変わったなと思う。
数日前、博也が能力を発現した頃からだろうか。博也は女子二人に対して、それまでより寛容になっていた。
黒江の知らないところで、なにか、親交を深められるような出来事があったのだろう。先ほど、戦闘時のことを思い出してみても、博也は綾乃が斬りつけられた直後に、闘志を前面に進み出た。
どんな理由にせよ、仲間意識が高まっているのは良いことだった。
《その人たち、どうするの?》
通信機越しに佳那が問いかけて来る。
未だ、双子は地面に這いつくばってもがいている。
「倒して一段落、とは行かないよな」
博也はちらっと双子に視線を向けたあと、そのまま視線をスライドさせ、明後日の方向を向いてしまう。
『いいか、躊躇わず、殺せ』
それが、樋春の言葉だ。
今は、選定式中だ。
たった二人だろうと、学校値に影響する。
それに、ここでもし、殺さずにおけば、この者たちは必ず他の生徒を殺しにかかるだろう。もしくは、黒江たちに恨みを持ち、選定式中、ずっと追いかけてくるかもしれない。
樋春に任せてしまっても良いかもしれないが、いくらなんでも、それは甘えているだけだ。
ここで殺さないという選択肢は、ない。
だが――。
「誰が、やる?」
黒江が問いかけるが、誰もが黙り込んだ。
全員、殺さなければならないと分かっていたが、心構えができていなかった。
順応性が高く、四人の中では誰よりも樋春の言葉を実行してきた綾乃でさえも、すぐには手をあげなかった。
この二週間、自分たちが生き残ることばかりを考えていた。
その結果として、自分たちが相手を殺さなければならないことを、考えていなかった。
「私がやるよ」
それでも、やはり最初に名乗りを上げたのは、綾乃だった。
初めて出会った時から、彼女の精神力には驚かされてばかりだ。
驚きもするし、躊躇いもする。しょうもないことで笑ったり、変なところで意地を張ったりもする。
そんな一つ年下の少女は、いつでも「仕方ない」と言って、すぐに受け入れ、行動に移す。
四人の中で、誰よりも大人だった。
「綾乃」
「なに?」
「……」
なにか声をかけなければと名前を呼んだが、続く言葉がなかった。
彼女の瞳には、既に決意の色が浮かんでいた。
黒江には、『俺がやるよ』と言えるだけの勇気も、度胸もない。
他の二人も同じようだった。
「じゃあ、やるね」
綾乃は双子のすぐ近くまで歩を進め、見下ろすように立つ。
そして、人ひとりを簡単に潰せそうな、巨大な鉄球を浮かび上がらせると、迷いなく――
タァーーン
「え?」
不意に、乾いた音が鳴った。
綾乃の鉄球は、変わらず宙に浮いている。
近く、ではなかった。
「……?」
黒江は疑問を解消すべく、周囲に視線を回し、
白鳥佳那が、落下していく姿を目撃した。




