第三章ー8
「それはともかく。煮詰まってることに変わりはないんでしょ? 意地張ってないで、先輩であるこの私に頼って――」
「帰れ。だいたいお姉さんってなんだ、灰霧、お前年下だろうが」
「同じ一年生だし」
「この世界ではな? いや、いいから帰れよ。うるせーよ」
言いつつ、綾乃のこの辺の図太さには感心する。
睨み付けられ、強い口調で跳ね返されても、意に介さない。
邪魔ではあるのだが、他人の領域になんの躊躇もなく踏み込んでくるフットワークの軽さは、ある意味、尊敬する。
ちなみに、黒江、博也、佳那の三人はもとの世界では高校二年生なのだが、綾乃だけは一年生だ。相手が年上であっても関係なく、普通に接することができるのも、ある意味凄い。
「いいじゃん。減るものでもなし」
「時間が減る。うるせーな。マジで帰れって」
「そう邪険にしないでよ。せっかく相談に乗ってあげようとしてるのに」
「相談に乗って欲しいなんて一言でも言ってないんだが」
「ほらほら言ってみ? 意外と簡単に解決するかもしれないよ?」
とはいえ。
ここまで粘着されると本当に苛々してくる。
いい加減、本気で怒ろうかと思ったその時。
「綾乃。そろそろ黙って」
澄んだ声とともに、どこからか丸い物体が飛んできて、
「痛っ!」
綾乃の後頭部に直撃した。
床に落ちた丸い物体を確認すると、米粉パンだった。
ということは、これを投げつけたのは、
「痛いよ佳那! あと、食べ物を粗末にしない!」
転校生、白鳥佳那だった。
綾乃は当たり前のように怒鳴り返しているが、その前に言及すべき点がある。
佳那は鍛錬場の入り口にいる。
博也たちがいる場所まで、十五メートルほどはあるだろう。
そこから、彼女は米粉パンを投げ、見事、綾乃の後頭部へ直撃させたのだ。
「相変わらず、白鳥さんの投球術には驚かされるな……」
特訓開始して間もなく、樋春から戦闘に使えそうな特技がないかと聞かれたのだが、その際、佳那はもとの世界でソフトボール部のピッチャーをしていたと話していた。
その投球術は確かなもので、スピードこそそれほどではないものの、制球力に関しては抜群に良かった。
二、三日前からは、飛行中でも安定してものを投げられるよう特訓を受けているようだった。
上空を飛び回る者から、コントロール抜群の投擲があるとすれば、相手にとってはかなりの脅威になるだろう。
「あ、それ食べるのか」
とことこと歩いてきた佳那は、床に落ちた米粉パンを拾い上げ、パンパンと叩くと平然と口へ運んでしまった。
食べ物を粗末にしないのは良いことだが、それはそれでどうなのだろうか。
「米粉パン、いる?」
その様子をじっと見つめていると、物欲しそうに見えたのか、例のごとくポケットからパンを取り出し、差し出してくる。
「いや、いらねえよ」
「そう……」
とても残念そうな顔をされた。




