第三章ー7
「そう。ほら、私と佳那は、最初に話した通り、基本的には自分たちが生き残るために樋春さんの特訓を受け入れてるわけなんだけど、二人はそうじゃないんでしょ? 樋春さんが目標にしている、『選定式を変える』ってヤツ、本気で信じて協力しようとしてるみたいじゃん」
「だったらなんだ?」
「なんだってことはないんだけど……私なら、考えられないなって」
「は? お前ら二人だって、会長に賛同しているから一緒に行動してるんじゃねーのか?」
「違うよ」
綾乃は首を振る。
「樋春さんが目標を立てる分には構わないし、それに着いて行こうとする人も、いてもいいと思う。樋春さんが立てた『選定式を変える』っていう目標は魅力的だしね」
綾乃はどこか、樋春のことを馬鹿にしたような口ぶりで言う。
「でも、よく考えてみてよ。選定式を変えるって、どうやって変えるの? 卒業したらとか言ってるけど、それだって可能性に過ぎないわけでしょ。私、思うんだけど、樋春さんって自信満々に話しているからそれっぽく聞こえるだけで、本当はお遊び半分っていうか、どこまで真面目にやろうとしているのか分からな――」
「黙れよ」
自分が思ったより低い声が出た。
博也は綾乃を睨み付ける。
「灰霧や白鳥さんがどうかは知らねーよ。生き残りたいってのは俺も黒江も同じだ。そのために会長と一緒にいたっていい。会長の目的に対して、賛同し切れない部分があったって構わない。……会長だって、俺ら二人に声をかけたんだからな。灰霧や白鳥さんには期待してないだろ」
「それはそうかもしれないね。それで?」
綾乃は、睨み付けられても、飄々とした様子で髪の毛をいじっている。
その姿が、余計に癪に障る。
博也は語気を強める。
「会長は前回の選定式で圧倒的な力を誇っていたが、俺と黒江、二人の足手まといを庇い続けていた。それは、お遊び半分だとか、そんな生ぬるい感情でできることじゃない。……灰霧、お前がどう思っていようと勝手だが、二度と、そんなことは言うな」
「おー、こわ。分かったよ。さっきも言ったけど、私も樋春さんの目的に関して、否定してるわけじゃないからね」
綾乃は大袈裟に怖がる素振りを見せ「でも」と言う。
「でも、それとは別に、私だったら会って一週間も経たないような人に、いきなり自分の命を預けて『はい協力します!』なんて言えないけどなー。樋春さんの強さは私も信頼しているし、着いて行こうと思うけど、そうじゃないところまで、なんでここまで信頼されてるんだろ……」
「知るか。てめーが信頼されたことないから、信頼される人間がどういう人間なのか、分からないんじゃねーの?」
「え、うわ、さすがの私もそれは傷つくよ?」
「知るか。黙れ」
博也は「分からなくて当たり前だ」と思う。
前回の選定式で二人を守り抜いた樋春には感謝しているし、樋春が本気であることも日々、感じている。選定式というクソみたいなルールをぶち壊してくれるなら、大いに協力したいとも思う。
だがそれは、命を預けるに足る理由ではない。
博也が樋春に協力すると誓ったのは、『常識をぶち壊すと宣言し、実際に行動している人間』だからだ。
博也はもともと、曲がったことが大嫌いだ。
警察官と教師を親に持つ博也は、幼い頃から人に迷惑をかけることは厳禁だと教えられてきた。それは真理だと感じているし、今でも親の言い付けは守ろうと思っている。
けれど、心のどこかで、それを完璧に行うのは不可能だと理解していた。
人間関係においては特に、意見が対立した時、一方の味方につくことで、相手側に迷惑をかけることが多々ある。それが犯罪であったり、いじめであったり、そうした場合は別だが、そうでない場合、博也が両親に『常識』として教えられてきたことを正義だとすると、蔑ろにされる人間が出てきてしまうことを、博也は理解していた。
だから、痛快だと思ったのだ。
『ルール自体を変えてしまう』。
『常識自体を変えてしまおう』という樋春の姿勢が。
ぶっちゃけてしまえば、目的、目標自体はなんでも良かった。
選定式を変えるという目的に心から賛同し、命を預けようと思ったのではない。
樋春の姿勢に心を打たれたからこそ、この人に着いて行ってみようと思ったのだ。




