第一章ー1
この世界へ来てから一週間と少し。
いろいろと驚かされることはあったが、ようやく慣れてきた。
同じクラスに配属された黒江と博也は、仲良く肩を並べてグラウンド中央に腰を下ろしている。
見上げれば晴れ渡るような青空、隣には気が置けない友人。
まさに青春、といった具合である。
「次! 早くしろー!」
教師の声が響く。
体育の授業中である。
百メートル走のタイム計測日だ。
グラウンドには四百名ほどの一年生が各々、教師の指示に従って走っていた。
「アレ、慣れたか?」
「これだけ毎日見てればな」
「だよなー」
博也とそんな言葉を交わす。
まさに青春、といった風景の中に、異物が混ざり込んでいる。
一年生たちの体からは、それぞれ、赤や黄色、緑、青、オレンジ、橙、グレー、紫など、様々な色の光が溢れていた。
『彩粒子』というらしい。
もはや見慣れたものだが、この世界に来て一番驚いたのは、この光る砂のような物質だ。
物質――といっても実体はなく、流れ出た先から消えていくため触れることはできない。イメージとしては『光が砂のようになったモノ』だろうか。
これは転移してきた者だけに出せる特殊な物質で、簡単に説明するなら『身体能力を引き上げる魔法の粉』だ。
「赤峰、真宮、お前らの番だぞ」
教師に呼ばれ、トラックへ移動する。
隣に並ぶ博也は体格が良い。百八十センチ強の高い身長と、筋肉質でがっしりとした体つきは、同じ男として憧れてしまう。
博也はもともとバレー部に所属しており、帰宅部だった黒江とは体の鍛え方が違う。
タイムを競うわけではないが、勝てる気がしなかった。
「位置に着いて……よーい――」
ピッ、という笛の音と同時、スタートを切る。
彩粒子が舞う。
博也の彩粒子は燃える赤、黒江の彩粒子は漆黒だ。
開始早々、今まで感じたことのない、文字通り、風を切るような感覚を味わう。
何度か彩粒子を使って遊びはしたが、全力で走り抜けるのは初めての経験だった。
周囲の風景が止まって見え、自分の時間だけが早送りになったような、そんな気さえしてくる。
「六秒六!」
トラックを一気に駆け抜け、自身の出したタイムを聞く。
「マジか」
苦笑いが漏れる。
時速六十キロで走り抜けた計算になる。
前に走っていた生徒たちの記録を耳にしていたため、それほど驚きはしなかったが、内心、自分も同レベルで走れたことが少し嬉しかった。
同走した博也の方が早かったが、それはそれ。
もとから勝てるとは思っていなかった。
「七秒四!」
二人のあとを走った女子でさえも、七秒台で走り切る。
百メートルを六、七秒で走り切ることは、当然のことながら、普通の人間ではあり得ない。
彩粒子の力だった。
彩粒子が体に及ぼす影響は多岐にわたる。
身体能力向上、と一口に言っても、単に筋力が増して素早く動けるようになったり、パワーが上がったりするだけではない。それに耐えられるだけの肉体がなければ、体が壊れてしまう。
骨格が強くなったり、血管や皮膚、内臓の強度が上がったり、視覚や聴覚など五感の精度が向上したりと、肉体そのものの性能が飛躍的に上昇する。
完全に、SFやファンタジーの世界の話だった。