第二章ー10
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東校舎から、さらに五十メートルほど東へ進んだところに売店がある。
売店、と言っても規模としては所謂『コンビニ』をさらに一回り大きくしたようなものなので、どちらかと言えばスーパーに近い。
寮に併設するその場所は、生徒たちにとって良い息抜き施設でもあった。
「食欲あるか?」
「ないよ。あると思う?」
「思わん。……だよな」
黒江と博也は売店内をぐるぐると歩き回り、夕食に食べられそうなものを物色する。
綾乃はなにか用があるとかで、先に寮へ戻ってしまったし、一緒にいたはずの佳那は、売店に入った途端、パンコーナーへ消えてしまった。
黒江は財布の中を確認する。
転移後、生徒にはそれぞれ十五万円ずつ支給される。
通貨は、描かれている人物こそ違えど、もとの世界と同じままで、苦労しなかった。
家賃や光熱費といったものは不要であるため、一ヶ月間の食費をその中からやり繰りすれば、あとは特別、使う必要はない。どうしても手に入れたい嗜好品などがあれば、売店の店員に頼むと寮に届くシステムになっている。
樋春に聞いたところによると、転移後の十五万に加え、毎月十五日に十万ずつが支給されるらしい。
太っ腹、とは思わない。
なにせ、選定式で九割以上が死亡するのだ。最初に支給された十五万を使い切らないうちに死亡する者がほとんどだろう。
その他、『特別手当』と呼ばれる、『選定式で相手校生徒を殺した人数に応じて支払われる特別報酬』があるとのことだが、額までは聞かなかった。
聞きたくもなかった。
「会長からは無理やりでも食えって言われたけどな」
「食べるしかないでしょ」
生徒会室を出る直前、樋春から「必ず、朝、昼、晩と食事を取ること!」と注意された。明日から訓練を開始するから、万全な状態にしておけということだろうが、食欲はなかった。
今日も今日とて、いろいろなことがあったが、目を閉じればすぐに昨日の光景が蘇る。
考えたくなくても、勝手に浮かんでくる。
想像するだけで、吐きそうになる。
食欲など、湧くはずがなかった。
「……食べるか食べないかは別として、てきとーになんか買っていくか」
「そうだな」
うじうじ考え事をしていても仕方がない。
二人は重い足を無理やり動かした。
弁当コーナーから開始し、総菜やおにぎり、パンなどを順番に見て回るが、食欲をそそるものはなく、最終的にカップ麺が置いてある場所に落ち着く。
「それにしても、やっぱり気に入らねーな」
「なにが?」
「女子たちだよ。黒江は気にならねーのか?」
「ああ……多少はね。けど、仲間は多い方がいいし、守ってもらったのも事実でしょ」
博也はカップ麺を手に取り、味を確かめては棚に戻す。
生徒会室で話している間中、口数が少ないと思っていたが、まだ綾乃と佳那のことが気に入らないようだった。
「灰霧の野郎はノリが軽くてなにを考えてるのか分からんし、白鳥さんはパン食ってるだけじゃねーか。危機感が足りな過ぎるだろ」
「あー、それは、そうだね」
それに関しては黒江も擁護できない。
綾乃はふざけている様子はないものの、つかみどころがないように思える。良く言えば、フットワークが軽く話しやすい人間だが、悪く言えば、八方美人で真意が読めない。
佳那の方は、今日、出会ってから分かれるまで、パンを食べてる印象しかない。黒江は途中から『こういう人なんだ』と割り切って流していたが、真面目な博也からすると、気に食わないのだろう。
「俺だって、灰霧に助けてもらったことは忘れちゃいねえ。あれがなければ、死んでただろうよ。それには感謝してる。だが、俺らだけじゃなく、会長だって、命がけで選定式を変えようって頑張ってるんじゃねーのか? それに対して、ゲーム感覚っていうか、緊張感がないっていうか…………うわ、なんだよこの『クリームソーダ&ネギトロ味』のラーメンって!」
博也は持っていたカップ麺を叩きつけるように棚へ戻す。
異世界だけあって、同じようなものでも、よく見ると不気味な味のものが多い。気を付けないと痛い目を見る。
「だいたい、あいつら、ちゃんと見たのか?」
博也は、はーーーー、と大きなため息を吐く。
「見たって、なにを?」
「あの地獄みたいな惨状を、だよ」
「え、そりゃ見てるんじゃないの? 綾乃は最初に被害を受けた一組にいたんだし」
「最初だけだろ? 灰霧のやつ、俺らの前に鉄球を出したあと、窓から脱出して、鉄球に乗って空へ避難してたんだろ? 白鳥さんに至っては、八時になると同時に出て行っただろ。すぐに上空に避難して、下の状況なんて大して見てないんじゃないか?」
「それは……」
さすがに、言いがかりだと思った。
空を飛ぶことができる彼女らは、博也の言う通り、今回の選定式では安全圏にいたのかもしれない。けれど、今日、黒江たちに話しかけてきたのも『生き残るため』だった。
綾乃は一組で、最初の襲撃を受けた人間だし、佳那は黒江たちと違って選定式を二度、切り抜けている。四月初めの選定式で、佳那がどんな風に生き残ったのか、黒江たちは知らない。
博也が気に食わないと感じるのは勝手だが、決めつけるような言い方には疑問を覚える。
「ふぁだきふぁらないの?」
博也とそんな話をしていると、いつの間に来たのか、背後に佳那が立っていた。
その口には米粉パン、両腕にぶら下げているビニール袋の中身も米粉パンでぎっしりだった。
一週間の食材をまとめ買いした主婦のようだった。
売店の在庫がなくなったんじゃないだろうか。
いや、それ以前に。
この売店、何故、米粉パンがここまで大量にあるのだろうか。
「……アホか」
そんな佳那の姿を見た博也は、やはり面倒くさそうに言うが、怒るのも馬鹿らしくなったのか、その口元は少しだけ緩んでいた。
「……俺もたまには米粉パン食うかな」
佳那があまりにも美味しそうに食べるものだから、黒江も食べたくなってきた。
姉を亡くしてからずっと避けてきたが、いつ死ぬかも分からないこの世界で、そんなことは無意味だ。
食べたい時に、食べたいものを食べる。
それが一番良い気がする。
「あげないよ」
黒江の呟きを聞き、佳那は米粉パンを守るように背を向ける。
「奪い取るつもりはないから安心して」
「本当に?」
「本当だ」
「十万円払ってくれるなら……」
「高いし! 買わないよ!」
突っ込みを入れ。
思わず、笑ってしまう黒江だった。




