第二章ー8
――やっぱりこの人、凄いな。
ペットボトルを持つ両手に力が入る。
○○かもしれないと思考し、対策を考えることまではできるが、それを実践し、結果に残すことができる人間は多くないだろう。
今回の結果も、樋春の身体能力あってこそだった。
樋春の言葉通り、黒江や博也、佳那には癖があるのかもしれないが、だからとて、実際にその通りに動く保証はない。黒江たちがその通りに動いてしまったのは、ある意味、『樋春の想定通りに動かされた』とも言えるはずだ。
相手の挙動を見逃さない観察眼と、そこから答えを導き出す頭脳、導き出された答えを実行できる力が、樋春にはある。
黒江が改めて、樋春の能力に感服していると、
「あの、一ついいですか?」
綾乃が腕を組んだ姿勢のまま、樋春に申し出る。
「なんだ? 君らは負けたんだぞ。質問を許した覚えはないが?」
「そこをなんとか。一つだけでいいので」
冷たく切り返されても、綾乃はぐいぐい前へ出る。
この辺りの図々しさは、彼女の強みかもしれない。
樋春は定位置に腰を下ろし、「言ってみろ」と返す。
「クロたちから、樋春さんのコトはある程度聞きました。選定式を変えようとしている。とか」
「その通りだが。それで?」
「私たちは、まず、選定式で生き残ることを目指さなければならない立場であることは自覚しています。今日、私たちがここへ来たのも、生き残るための術を教えてもらおうと――」
「回りくどいな。なにが言いたい?」
綾乃の言葉を樋春がぶった切る。
もともと、樋春は小難しく言葉を並べて、ごちゃごちゃ喋るのが好きではないのだろう。
はっきり言え、と要求する。
相変わらず、目力が半端ではない。
「分かりました。それじゃあ単刀直入に言いますけれど」
綾乃も動じた様子がない。
こっちもこっちで大した胆力だ。
綾乃は正面から樋春の視線に応え、続けた。
「今日、初めて顔を合わせた私たちを受け入れたのはどうしてですか? クロたちは樋春さんの方から誘ったみたいですけど、私たちは押しかけてきた身です。『選定式を変える』という大きな目的があるのなら、なおさら、余計なことをしている余裕はないと思います。違いますか?」
これまでの、テンション高めの浮ついた声ではなく、凛とした力強い声だった。
樋春は『レモン&マロン』味の飲料水をさらに一口飲み、
「いいだろう。答えよう」
口角を上げる。
綾乃が質問したことは、黒江も興味があった。
黒江がずっと気になっていた、「何故、樋春は自分たちを守ったのか?」という問いにも繋がる。
「まず、あたしが黒江君と博也君を守ったのは、選定式を変えるために、どうしても年の離れた者の協力が必要だからだ。……知っての通り、あたしは三年生だ。生き残れば今年度いっぱいで卒業となる。そうなれば、どんな形にしろ、この学校からは離れなければならないわけだが、それは同時に、学校内部の実情を知る術を失うことになる」
「要は、学校に残る誰かと繋がりを持ち、連絡が取れる状態にしておきたい、と?」
樋春は「ああ」と頷く。
「この二年間、あたしは選定式を変えるために、協力者を募った。幸い、かなり人数が集まり、今に至るまで生き残っている者も何人かいる。卒業後、あたしはそいつらと一緒に活動する予定だ。が、それとは別に、ここに残る者たちもいてもらわなければ困るんだ。内部事情を知らない者が、勝手な憶測で物事を語っても説得力がない。君たちはここに残り、あたしへ情報を送る役を担って欲しいんだよ」
樋春の表情は真剣そのものだった。
黒江たちを守った理由も、納得できるものではあった。
選定式を変えるためには、樋春の言葉通り、外部でルールを変えるために動く者と、内部で実際になにが起こっているのか、正確な情報を流す者が必要だろう。
異論を挟む余地はない。
ただ、本当に聞きたいことはそれではない。




