プロローグー2
「おい黒江、これ見ろよ」
博也がスマホを差し出してくる。
「午前八時二十六分……?」
スマホの画面には、確かにそう書いてあった。
ついさっき、体育館へ来た時間と変わっていない。
だが、いくら周囲を見渡してみても、明らかに夜であり、午前八時ではない。
二人は顔を見合わせ、それからもう一度、周囲を見渡してみる。
間違いなく、体育館だ。
窓から差し込む淡い光しかないため、細かく確認できないが、新潟百山高校の体育館と全く変わらないように見える。
この異常事態。
もし、この状況を説明できるとすれば――。
一、気付かない内に何者かに連れ去られた。そしてスマホの設定を変えられ、例えば、現在、どのような反応をするか監視されている、とか。
二、先ほど感じた頭痛は熱中症かなにかのせいで、今現在、白昼夢を見ている、とか。
三、何らかの原因で、別世界へ飛んできてしまった、とか。
どれも根拠に欠ける。
都市伝説に巻き込まれたとか、狐に化かされているとか、そっちの方がまだ現実的な気さえする。
「おい、黒江」
考えを巡らせていると、博也に肩を叩かれる。
「なんかいるぞ」
「え?」
指を指された方向へ視線を向けると、きらきらと光る謎の物体を視認できた。
「なんだあれ?」
「俺が聞きたい」
不思議な光だった。
砂に色をつけてさらさらと零しているような、そんな光だった。
その桜色の光は、少しずつこちらへ向かって来る。
本物の桜と同じく、どこか温かみすら感じられる光で、危険なものには思えないが、そもそもこの状況自体が理解の範疇を超えている。
身を固くしてその光をじっと見据える。
「おい、そこの二人」
突然、低い男の声が耳に届いた。
心臓が跳ねる。
慌てて声の出所を探ると、
「ここだよ、見えるかー?」
数メートル先、桜色の光が左右へ揺れる。
よくよく目を凝らすと、その光の発信源に人の姿がある。
どんな手品を使っているのか、声をかけてきたその男の体からは、粉状の光がさらさらと流れ落ちていた。
男の正体を確かめようとするが、桜色の光はせいぜい小型花火くらいの光量しかなく、その上、下へ向かって流れ落ちているため、男の顔すらろくに視認できなかった。
「案内するからついて来い」
ぶっきらぼうな声と共に、光が渦を巻く。
男が体を回転させたのだろう。
そのまま、なんの説明もなく歩いて行きそうだったため、黒江は「待ってください」と引き留める。
「なんだ?」
「なんだっていうか……いろいろ全部分からないんですけど、あの、そもそもあなたは誰、ですか?」
聞くと、男は気だるげな様子を隠そうともせず、ため息をついてから答える。
「詳しくはあとで説明する。私は桜波太郎。君らの担任だ」
桜波太郎。
その名前には、聞き覚えがあった。
新潟百山高校の教師で、新年度、黒江たちの担任となる者の名前だった。
「なあ、どうなってんのこれ?」
博也が頬を引きつらせて聞いてくる。
「いや、俺も何がなんだが……」
訳の分からない状況に突然放り込まれたと思ったら、今度は担任教師が謎の光を身に纏って登場してきた。
知っている人物の登場は嬉しいが、いかんせん、桜色の怪し気な光が信頼度を十段階ほど引き下げている。
少なくとも、安心していられる状況ではなかった。
「ああ、それからお前たち」
また光が円を描く。
黒江たちがびくりと肩を震わせたことを知ってか知らずか、桜波太郎はククっと嫌らしく笑う。
「ここ、異世界だから。せいぜい頑張りな」
……いや、なにを頑張ればいいのか、まず教えてください。