第二章ー6
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行動を読まれているとしか思えなかった。
「くそっ」
毒づく。
背後から迫って来る凶悪な気配をなんとか振り切ろうと走るが、一向に距離が開かない。
「わはは。楽しいなぁ!」
「全く楽しくないです!」
叫び、階段を駆け上がる。
鬼ごっこを開始して十分。
開始数分で佳那が捕らえられ、昨日の選定式で足を痛めていた博也も撃沈。現在、黒江も捕捉され、追いかけられていた。
数の上でも校舎全体を使えるという点でも、一年生チームの方が有利のはずだったが、窮地に立たされていた。
通常、鬼ごっこは体育館など、決められた範囲内で行うから成立する。見つけたら終わりの『かくれぼ』などとは違い、相手の体に触れなければならないルール上、範囲が広くなればなるほど、逃げる側が有利だ。
さらに、他の生徒への安全も考慮し、彩粒子の使用も禁止している。彩粒子を使用した戦闘では無類の強さを誇っていても、単純な走力勝負で、女子一人に負けるはずがなかった。
だというのに――。
「頑張って逃げてくれたまえ! あと二人だぞ」
嬉々とした表情で追いかけて来る樋春が恐ろしい。
まるで、昔話に出て来る山姥かなにかのようだった。
「ほらほら! 届いちゃうぞ!」
「……っ!」
――この人、どこまで化け物なんだよ!
階段の踊り場、切り返し地点でぎりぎり、タッチをかいくぐる。
樋春の足腰の強さは尋常じゃない。
先ほどから階段の上り下りを何度も繰り返しているのに、一向に衰えない。それどころか、少しずつ距離が縮まっており、黒江の方が追い詰められていた。
「おっ? 捕獲対象をもう一人発見!」
五階まで駆け上がってきたところで、樋春は標的を変えた。
綾乃の姿を捉えたようだった。
ぎゅいーん、と子供のような声を出して駆けて行った。
「なんなんだあの人」
その場で立ち止まり、息を整える。
この鬼ごっこは樋春の方から提案してきたことだ。
強いことは想定できていたが、ここまでとは思わなかった。
無尽蔵のスタミナと、お化けみたいな走力、嬉々として相手を追い回す子供みたいなモチベーション、それにプレッシャー……。
身体能力で劣る分、頭脳戦でも仕掛けて来るのかと思えば、真逆だった。身体能力に物を言わせたごり押しだ。
戦術もクソもない無茶苦茶な鬼ごっこだった。
「どうするか……」
今、黒江がいるのは西校舎と南校舎のちょうど角にある階段だ。
奇しくも、選定式の時と同じような状況だった。
あの生徒会長が、時間一杯まで逃げ切ることを許すわけがない。ここに留まっていても、いつかは見つかるだろう。
選定式とは違い、正面きって戦う選択肢はないが、隠れていても仕方ないのは同じだった。
黒江は考えた末、最上階である六階まで移動した。
窓から校舎全体を見下ろせる位置であること、鬼が来る方向を限定し、余計な集中力を使わなくていいと考えたからだ。
六階のその先、屋上は、選定式以外では解放されていない。
転移学校創立当初は解放されていたらしいが、彩粒子を使用した遊びを屋上で行う生徒が多く、誤って転落、死亡する者が多数いたことから、生徒会が使用禁止しているのだとか。
「会長はどこにいるかな」
窓際を歩きながら校舎内へ目を光らせる。
各階へ上下移動できる経路は決まっている。
今しがた黒江が上ってきた、西校舎と南校舎の角の階段と、その反対側にある、東校舎と北校舎の角の階段の二か所だ。
先ほど、樋春は五階へ着くと同時に西校舎方面へ走って行った。
黒江は、ならば、と東校舎と南校舎の角へ向かう。
そこにいれば、どちらの階段から樋春が上って来てもすぐに見つけられるし、校舎全体を見渡すにもちょうどいい。こちらからは見えない真下にいたとしても、階段がない場所だ。
黒江は南校舎をそのまま直進し、角に到着する。
「予想通りだ。お疲れ様」
同時、東校舎の影から出てきた樋春に、タッチされた。
「は?」
「いやいや、は? ではなく」
目を瞬かせる。
黒江が向かった先、東校舎と南校舎の角には、先回りしていた樋春がおり、難なく捕まってしまった。
「種明かしはあとでゆっくりするから、生徒会室で待っていてくれたまえよ」
ポンポンと肩を叩かれる。
樋春はまた、「ぎゅいーん」と謎の言葉を放ちながら、最後の一人、綾乃を捕まえるべく駆けて行った。
結局、三十分どころか二十分もかからず、一年生チームは全員、捕らえられた。




