第二章ー3
「綾乃がアレを出したのは本当だよ」
困惑していると、不意に真横から声がする。
「うわ!?」
顔を横に向けて、びっくりする。
五十センチ程の距離に、人間が立っていた。
音もなく、気配もなく、突然現れたのは『転校生』だった。
「……?」
こちらが驚いたことに驚いた様子で、彼女は首を傾げる。
「佳那、もうちょっと存在感出していこうよ」
黒江たちの正面にいた女子生徒――灰霧綾乃も、転校生の存在には気付かなかったようで、ため息をついていた。
「ええと、白鳥佳那さん、だったっけ?」
「そう。よろしく」
淡泊な受け答えだった。
透き通るような、耳に優しい声音だった。ショートボブの白髪と、柔らかい雰囲気によく合っている。その不思議な佇まいから、神聖な空気すら感じられる。
彼女の口に収まっている白くて丸いモノを見なければ、だが。
「あの、一つ聞いていい?」
「なに?」
「さっきからずっと口に加えているそれ、パン、だよね」
「そう」
なにか問題でも? と小首を傾げられる。
人と話しをする時に、どうしてパンを口に加えているのか。
食べるでもなく、どうして加えたままでいるのか。
それで美味しさを感じられるのか。
いろいろ突っ込みたいところではあったが、突っ込んでしまうとややこしくなりそうだったので、スルーしておく。
代わりに、
「それ、米粉パンだよね。美味しいよね」
共感だけはしておく。
転校生が口に加えているモノには見覚えがあった。
百メートル走の時は遠目でよく分からなかったが、黒江にとっては馴染み深いものだった。
なにがきっかけだったか忘れてしまったが、黒江も、亡くなった姉も、米粉パンを好んでよく食べていた。姉が亡くなってからはなんとなく避けているが、姉弟そろって米粉パンが好物であったため、親もよく買ってきてくれていた。
思い出の食べ物だった。
「……!」
黒江が米粉パンについて言及すると、転校生は目を輝かせる。
「そう、そうなの! 誰にも共感してもらえないんだけど、小麦粉には出せない風味が癖になって、凄く美味しいの。個人的には――」
心の友を見つけたと言わんばかりの食いつきようだった。
顔を目一杯近づけて来る。
「いや、ちょっ」
黒江は後ずさるが、転校生はお構いなしだ。
さらに前進し、黒江の視界が埋まるほどの距離まで近づいて来る。
「佳那、ストップ」
「む……」
唇がくっつきそうなところで、もう一人の女子生徒、灰霧綾乃が割って入ってくれる。そして、転校生に「その癖、直した方がいいよ」などと、お説教を始める。
「……」
黒江は二人のテンションの高さに着いて行けず、ぼんやりと眺めていたのだが――
「それで! なんか用なのか?」
女子生徒二人の軽いノリが気に障ったのか、博也がピリピリした口調で本題へ戻す。
「灰霧綾乃さん、だったか?」
「綾乃でいいよ」
「……灰霧さん。わざわざ一組からやってきて、俺らになにか用でも? 一組の連中は?」
あからさまに苛々した態度を取られた綾乃は、一瞬むっとした表情をするが、それも僅かな時間だけだった。
あっけらかんとした表情に戻り、
「一組の連中? 私以外、全員死んだよ」
簡単にそう言ってのけた。
驚きはしなかった。
三組の生き残りは、転校生と黒江、博也の三人だ。
選定式開始直後、おそらくは一番初めに襲撃を受けたであろう、一組がどんな状況だったのか、想像に難くなかった。
「クラスの知り合いが誰もいなくなっちゃったから、昨日知り合った佳那のところに来て話してたんだよ」
綾乃は佳那と腕を組み、仲良しアピールをしてくる。
選定式中に出会った、ということだろうか。
「さっき、鉄球を出した、みたいな話をしてたけど。本当?」
「本当だよ。……ほら」
何もない宙に、一つの鉄球が現れる。
手のひらサイズの鉄球で、昨日、選定式で見たものよりかなり小さかったが、宙に漂うソレは、あの時見た鉄球とそっくりだった。
鉄球からはグレーの彩粒子が零れ落ちており、彩粒子由来の能力であることが分かる。




