エピローグー1
暗く、長い階段を黒江は一歩一歩、踏みしめながら上っていく。
三度目の選定式を終えて六時間。
午前一時、真夜中のことである。
「生きてるって、素晴らしい……」
包帯でぐるぐる巻きにされた腹や足、顔面をさする。
茜にもらった痛み止めが効いているとはいえ、六時間程度で傷ついた体は回復しない。二週間どころか、一ヶ月は絶対安静と言われていた。
そう診断したのは、副会長こと筑梨茜だ。
つい数時間前、茜の経歴を聞いて驚いた。
父親が自衛隊員で、母親が看護師らしい。
閃光弾など、武器類の知識は父親から、手当ての仕方や薬については母親から学んだとか。
強者揃いの生徒会で、茜が重宝される理由がよく分かった。
「にしても……」
螺旋階段を見上げ、こんなに長かったかと思う。
黒江は今、図書棟の屋上を目指している。
選定式終了後、絶対安静を言い渡された綾乃と二人、保健室で休んでいたのだが、ひと眠りして目を覚ますと彼女の姿がなかった。
いくら待っても帰って来る気配がなかったため、探しに来ていた。
寮に帰った可能性なども考えたのだけど、それはないような気がした。もし、傷ついた体を引きずってでも行くような場所があるとすれば、図書棟の屋上――慰霊碑前だと思ったのだ。
――見つかったら大目玉だろうけど……。
茜には、トイレ以外動かないようにと言われている。
思ったよりずっと気さくで、親しみやすい副会長の顔が浮かぶ。
怒られたら怒られただ。
それよりも、今は綾乃を一人にしておきたくなかった。
「……いるかな?」
屋上に辿り着く頃には息も絶え絶えで、やはり動かない方が良かったかな、なんて思ったりもしたけれど。
「あ、やっぱり」
ドアを開けて、綾乃の後ろ姿を発見した時には、そんな気持ちは吹き飛んでいた。
日中の晴天から引き続き、雲一つない天気だった。
星々が頭上いっぱいに広がる。
少し肌寒かったが、長い階段を上って来た黒江にはちょうど良かった。
「……?」
ドアが開く音で気配を察し、綾乃がこちらを見つめて来る。
真っ暗でよく見えないのか、眉をひそめていた。
「よっ、お邪魔するよ」
黒江は努めて軽く、声をかけるが――
「え、クロ!? ちょっ、動いて大丈夫なの!? なにしてるの、怒られるよ!!」
物凄い声が返って来た。
鼓膜が破れるかというほどだった。
綾乃も相当な傷を負っているというのに、全速力でこっちに駆け寄って来る。
「いや、大丈夫――」
「大丈夫じゃない! 傷口が開いたらどうなるか分からないって言われたでしょ!」
「そりゃ言われたけど……。綾乃だって人のこと言えな――」
「私は骨折だけだから大丈夫!」
「いやそれ大丈夫じゃな――」
「いいから!」
ピシャリと、言い分を止められる。
見れば、綾乃の瞳がうるんでいた。
本気で心配してくれているらしい。
「……悪い」
謝りつつ。
彼女の頭に手を置きそうになって、慌ててやめる。
「まあ、うん、ホントに大丈夫だよ」
「本当に?」
じーっと、顔を見つめられる。
「本当に! 大丈夫だから」
なんだか照れ臭くなって、黒江は顔を背けた。
「……なら、いいけど」
綾乃は納得し切れていない様子だったが、これ以上文句を言っても仕方ないと思ったのだろう。
渋々、引き下がった。
「なにしに来たの?」
一呼吸置いて。
尋ねてくる。
「それはこっちの台詞だよ。綾乃だって、軽い傷じゃないでしょ。起きて、いなかったら心配するよ」
少し、諌めるような口調で返す。
と、
「あ……ごめん」
綾乃はようやく、黒江がどうしてここまで来たのか思い至ったらしく、素直に頭を下げた。
「いや、謝らなくてもいいんだけど」
言って、彼女の頭を見て、苦々しい気持ちになる。
下げられた頭には、もう長い髪の毛は残っていない。
手当てをしている最中から、彼女は髪の毛を切ってもらっていた。
砂埃を被り、透香の氷で切り刻まれ、彼女の髪の毛はぼろぼろになっていた。
今は、佳那と同じくらいのショートボブになっている。
トレードマークの花飾りも、今は外していた。
「それで、どうしてここに来たの?」
黒江は問い返す。
綾乃は、うん、と一つ頷いて。
「……樋春さんにね、報告を、と思って」
ぽつりと、そう言った。
「さっきの話?」
「そう。決めました、って」
「……そっか」
短く返して、二人で慰霊碑に向き直る。
『私、生徒会に入ります』
綾乃は、茜にそう申告していた。
三回目の選定式を経て、樋春を失って……綾乃なりに考えた結果らしかった。
誰も強制しない中で、綾乃は自分から、はっきりと宣言した。
選定式前までは、ただ「生き残りたい」と話していた。
彼女の中で、なにかが大きく変わったのだろう。




