第九章ー13
「上だ!」
視力、空間把握力に優れる黒江が、真っ先に反応した。
挟撃を受けた透香は、急激に方向転換、氷牙狼を上方へ飛翔させることで難を逃れた。
最善策、なのだろう。
現状、灰球を操作している綾乃が倒れれば、残った黒江は何もできなくなる。
だというのに、危険を顧みず、突っ込んで来たということは、なにかしら策があると判断するのが妥当だ。その上、背後からは超加速で黒江が迫ってきている。
綾乃の相手をするのも、黒江の相手をするのも危険だろう。
挟撃ということを考えれば、真ん中にいる透香が抜けることで二人とも、体勢が崩れる可能性もあるし、なにより透香自身に危険がない。
『確率的に言えば』、最も安全に、勝利に向かえる選択だった。
だからこそ。
「クロ、追って!」
綾乃の想定通りでもあった。
綾乃は自身の体が宙に投げ出されても、構わず声を出す。
こうなることは最初から予測済みだ。
すぐに鉄球を出現させて足場を作る。
「分かった、追うよ!」
黒江はそれを見届けて、上方へと跳躍する。
と、同時。
「雹連!」
綾乃は上方へと飛んでいった透香へ追撃の一手を繰り出す。
もう見飽きた技だろう。
透香が逃げたさらに上方に、鉄球が数十個出現する。
ただ、今までと違う点が一つ。
鉄球が出現したのは、透香の真上ではなく、やや左側。
そこから、
――気付かないで!
心の中で願いつつ、綾乃は透香へ向けて鉄球を打ち出す。
「悪あがきかな?」
当然、軽々避けられる。
透香は微妙にずれた位置に出現した鉄球を注意深く観察し、しかし、何もないことを確認してからやや右方向へ狼を操る。
そして、視線を正面へ戻し――
「――っ!」
反射的に、顔面を手で覆った。
なんてことはない。
太陽光に、目がくらんだだけだ。
「かかった! クロ!!」
「おっしゃあ!」
黒江も綾乃の作戦を理解し、応える。
一直線に透香のもとへ向かっていたのだ。
もう到着するまで一秒もかからない。
ほんの一瞬、コンマ一秒だけでいい。
透香の反応が遅れてくれれば、それで決まる。
「これで!」
黒江は、未だ視界が戻っていないらしい透香へ急接近し、最後の一撃を繰り出す。
二人で考えて、二人で編み出した必殺技だ。
〝灰球・漆黒乱舞〟
「終わりだああああっ!」
灰球と身体強化の合体技。
透香の神速と同じ速度を持ち、打撃格闘においては最高の威力を持つであろう、最速最強の必殺技だ。
「ちっ」
それを、透香は、舌打ち一つで回避した。
「は? なんっ!?」
渾身の蹴りを繰り出した黒江は、空中で空振りし、完全にバランスを崩した。
「そんな見え透いた攻撃、目がくらんでも対応できるよ」
体を捻り、狼を操ったところで、もはや回避できるタイミングではなかった。
それが、分かっていたのだろう。
透香は、氷牙狼から飛び降りていた。
確率を信じる彼女は、このタイミングで最大最速の攻撃が来ることを予測していた。
ここまで自分を追い詰めておいて、別の、くだらない技でくるはずがないと、読み切っていた。
読み切っていたから、ぎりぎりのタイミングでも避けることができた。
透香は笑う。
いろいろと、予想外なことはあったが、これで終わりだ、と。
攻撃に転じるべく、氷を生成し始める。
ここから先は、蹂躙するのみ――
「だと思いましたよ! 終わりです!」
唐突に。
透香の目の前に、灰色髪の少女が現れる。
「は、いや、え?」
「あはは。そんな顔もするんですね」
綾乃は笑う。
全て、計算通りだったと。
ここに至るまで、綾乃が考えた策に、透香はハマり切っていた。
「決めろ、綾乃!」
黒江の声が聞こえた。
綾乃は一つ頷き。
灰球で加速させた渾身の蹴りを、透香の胴体に叩き込んだ。




